Side Story 2 僕が女の子に!?
著/Ryuka

 

ある日の事、ヒロキ、イズキ、ライサーは、先日やってきたばかりのアルトの家へと向かっていた。

「やっぱり友好関係を深めるにはこれだよね」

「そうだな、アルトも快く引き受けてくれたしな」

「俺まで行くとは思わなかったけどな」

ワクワクしているヒロキとイズキに対して、どこかかったるそうなライサー。

「何、それじゃ行きたくなかったの?」

ライサーの様子を見て、やや不機嫌な口調で言うイズキ。

「そうじゃねーよ、ただ俺まで誘われるとは思ってなかっただけだ」

「へぇ〜、そうなんだ〜」

ジト目でライサーを見つめるイズキ。

「あ、ここだね、アルトちゃんの家」

ヒロキの言う様に、ヒロキ達はアルトの家の前に着いた。

 

* * *

 

時間を遡り、アルトの家に行く前の日の事、仕事が終わったヒロキ、イズキ、アルトの3人は、社内の休息所で話をしていた。

「ねぇ、明日アルトちゃんの家に遊びに行っていい?」

話を切り出したのはヒロキだった。明るい口調でアルトに問い掛ける。

「え・・・、でも・・・」

ヒロキの言葉に心配そうな表情をするアルト。そんなアルトを見て、イズキがこう言った。

「心配しなくても大丈夫だって、明日あたし達仕事休みだから」

「え、そう・・・なの・・・?」

「もしかしてシフト表見なかったのか?」

「うん・・・」

俯く様にして頷くアルト。暗い性格が相まって、尚更落ち込んでる様に見える

「それとも明日他に用事とかあるの?」

「無理なら無理ってはっきり言うんだぞ、あたし達は人の事情考えずに行ったりはしないから」

何か用事でもあるのかと聞くヒロキに、アルトを心配してか、気を遣って言うイズキ。そのアルトの答えは、

「いいえ、そんな事無いわ・・・、大丈夫よ」

少しだけ表情が明るくなるアルト。

「それに・・・、私嬉しいんです、こういうのあんまり無かったから・・・」

にこりとした表情で話すアルト、彼女にとって、あまり友達もいないだけに、誰かと一緒に遊ぶ事が何よりも嬉しかったからだ。

「何言ってんだよ、あたし達友達だろ」

「そうだよ、僕達は友達だよ」

笑顔でアルトに言う二人。

「友達・・・、そうだよね、私達友達だもんね」

とびっきりの笑顔で答えるアルト、彼女自身、こんなに笑顔になれたのは、始めての事だったと思う。

「そうと決まればライサーも誘おうじゃない、アイツだってあたし達の友達なんだから」

「だけどライサーさん来てくれるかな・・・」

「大丈夫だって、誘いに乗るって」

妙に自信ありげなイズキ、それを見ていたヒロキとアルトは

「本当に大丈夫なの、ヒロキさん・・・?」

「う〜ん、僕にも何とも言えないんだよね〜・・・、イズキってあんな感じだから」

「そうなんだ・・・」

ヒロキの言葉に納得の表情をするアルト。イズキが何の根拠も無く物事を言い出す事がある事をヒロキは知っていた。

「ほら、グズグズしないでさっさと行くよ!」

「うわぁ!」

「きゃあ!」

ヒロキとアルトは、イズキに引っ張られる形でライサーの元へと向かった。

 

「あ、いたいた」

社内のとある場所の窓の外を眺めていたライサーの前に、イズキと、イズキに引っ張られたヒロキとアルトがやってきた。

「・・・何だ、お前達か」

ライサーは窓の外からイズキ達の方へと視線を向けた。

「も〜っ、ヒドいよイズキ〜、そんなに引っ張らなくても歩けるのに〜」

「イズキちゃん・・・、少し痛かったよぉ・・・」

「大体アンタ達がいつまでも行こうとしないからでしょ」

「そりゃそうだけどさ・・・」

イズキに文句を言うヒロキと、目に涙を浮かべて痛そうにしているアルト。それを見ていたライサーは、「またか・・・」と言わんばかりに軽い溜息をする。

「相変わらずだな、イズキ」

「何さ、その言い方。それはともかく、明日アルトの家に遊びに行くんだけど、ライサーも来ない?」

イズキはライサーにアルトの家に遊びに行かないかと問い掛ける。

「は?俺明日・・・」

「何かあるの?」

顔は笑顔でも、言動が脅し口調になっているイズキ。ライサーは今の話を続ける事を止めた。

「あの・・・、来てくれるのなら嬉しいけど・・・、別に無理しなくてもいいんですよ」

ライサーをフォローしようとするアルト。

「しょうがねぇな、行ってやるよ。折角誘われて断るのも悪いしな」

「ありがとう、ライサーさん」

アルトの顔はにこりと笑っていた。ライサーは、彼女の悲しむ顔をさせまいと思っていたからだ。

「それじゃ明日、3人で行くからな〜」

「えぇ、分かったわ〜」

 

* * *

 

そして時は戻り、アルトの家の前に着いた3人。

「僕と同じ様な家だね」

「そういや確かにそうだな」

ヒロキとライサーは、家の形を見て、ヒロキの家とよく似ているなと思っていた。

「そりゃそうだろ、この辺りは似た様な造りの家が多いからな」

「良く知ってるな〜」

と、感心するライサー。

「あたしはこの街出身で、ずっとこの街並みを見て来たから知ってるんだよ」

イズキは生まれも育ちもこのユートシティなので、ユートシティの町並みも結構知っている。

「二人とも、早くしようよ〜」

ヒロキは待ちくたびれてる様子だった。

「そうだったな、それじゃあたしが」

イズキがアルトの家のブザーを押す。少しして家の扉が開き、中からアルトが出て来た。

「いらっしゃ〜い、みんな来てくれたんだ」

「当たり前だろ、友達との約束を破る訳無いだろ」

「そうよね、それじゃどうぞ中に入っていって」

「じゃ、遠慮無く上がらせてもらうぜ」

「あたしも」

「おじゃましま〜す」

こうしてヒロキ達はアルトの家へと入って行った。

 

「お〜、ちゃんとしてるな〜」

「凄く女の子らしく綺麗にまとまってるね」

アルトの家の中は、きちっと物が整理されていて、ちゃんと掃除までしてある。家具類も、派手さは無く、質素な物でまとめられていて、落ち着いた感じになっていた。

「ありがとう、私あんまり派手なのとか好きじゃないから・・・」

「そういや初めてアルトの私服を見たけど、まさにそんな感じだな」

アルトの私服も、派手さの無い、普通の女の子らしい服装であった。

「にしてもすっごい落ち着くな〜」

イズキはソファーに座ってくつろいでいた。

「イズキったら、自分の家じゃ無いんだよ」

イズキに軽く注意するヒロキ。

「分かってるよ」

「大丈夫よ、そんなに気にしないで」

「アルトちゃんがそう言うなら分かったよ、僕もくつろがせてもらおうかな・・・」

頬を掻きながら照れるヒロキ、そしてヒロキもソファーに座った。

「いつも通りだな、アイツら」

ヒロキ達の様子を見ていたライサー。そして、家の中を見回すと。

「ん?あの場所・・・」

ライサーが見たのは、一か所だけ鍵が掛けられている扉だった。あそこには何があるのだろうとライサーは気になっていた。

「それじゃ、お菓子と飲み物持ってくるね」

そう言って台所へ向かうアルト。

「なぁ、アルト。あの鍵掛かった扉の部屋はなんだ?」

ライサーはアルトにあの鍵の掛った扉の部屋の事を聞いた。

「え、えっと・・・、気になりますか・・・?」

驚いた様子で、気になるのかを聞くアルト。

「え〜なになに!?その鍵の掛った扉の部屋、あたしもすっごく気になるな〜」

「僕も気になるなぁ・・・」

「実は俺も気になっていたところだ」

ヒロキ達は、鍵の掛かっている扉に興味を示していた。

「そうですか、ではヒロキくん達だけに特別に見せてあげますね・・・。あと・・・、他の人には・・・内緒にして下さいね・・・」

「分かってるさ」

そう言った後、アルトは鍵を持って来て、錠を外し、扉を開ける。

「うわ〜、すご〜い・・・」

「まるで理科室みたいだ」

「アルト、お前もしかして・・・」

閉ざされていた部屋の中は、薄暗く、薬品棚に多種多様の薬品が数多く置かれていた。まるで学校の理科室、いや、研究施設並の部屋だった。

「私、薬品を使った科学実験が得意なの・・・、私のお父さんとお母さんは科学者で、私は小さい頃から良く見ていて、気付いたら自分も同じ様に薬品を使った科学実験をやっていたの・・・。友達がいなかった私にとって、唯一の楽しみみたいなものだったから・・・」

アルトは趣味で薬品を用いた科学実験をしていた。その背景には、科学者である両親の影響、孤独故の唯一の楽しみだったからであった。ただ一般の人から考えれば、かなり危険な趣味である。

「あはは・・・、凄い趣味だね、何かあたし怖くなってきたよ・・・」

「アルトちゃんの意外な一面を見ちゃった気がするよ・・・」

アルトの言った事を聞いて、少し引き気味になるヒロキとイズキ。だがライサーはというと・・・

「よくこれだけの薬品集められたな、俺はこういうのは嫌いじゃないが、流石に自分の家でやりたいとは思わないな」

2人と違って、感心する様子を見せるライサー、だがやはり彼もそこまではしないと言った。

「確かにそうだよね・・・、普通の人はこんな事・・・したりしないよね・・・」

「そりゃそうだ、一歩間違えば犯罪者になりかねないからな」

「ところで、実験に失敗して爆発したりとかしないの?」

と、アルトに問い掛けるヒロキ。

「それは無いかな・・・、私はそこまで危険な薬品は使わないから・・・」

「普通そうだろ、命に関わるんだからさ!」

イズキが少し声を強調させて言う。

「それじゃ中に入ってみるとするか」と、ライサーが切り出す。

「折角開けたんだから、見ておきたいよね」

「あたしは少し怖いけど、気になるからなぁ・・・」

そう言って4人は、その部屋の中へと入って行った。

 

* * *

 

その薄暗い部屋の中は、まさしく研究室そのものであった。棚いっぱいに置かれた薬品に、試験管やビーカー、フラスコといったお馴染みの実験器具、そして何だか良く分からない実験器具まである程であった。イズキとライサーは、アルトの後をついて行き、部屋の奥にある机の場所に辿り着く。

「この机は・・・?」

イズキが問い掛ける。

「えっと、実験した結果をノートにまとめる際に使ってるの」

要するに実験結果を書き記す際に使う机で、机の上に置いてある棚の上には実験結果を書き記してあると思われるノートが何冊もあった。

「凄いな、細かい所までしっかり書き込まれてる」

ライサーがその中の一冊を手にとって読んでいた。ページびっしりに書き込まれており、非常に細かい内容だった。

「アルトってさ、科学者目指してるの?」

アルトの将来の事について聞くイズキ。だがアルトは意外な言葉を口にする。

「最初はそう思ってた・・・、でも今は違うの」

「違う・・・?」

その事に不思議そうな顔をするイズキ。

「私・・・、あの場所に来て、イズキちゃん達に出会って思ったの、ああいった仕事の方が良いって」

「どうしてだ?」

ライサーもその事について聞いてきた。

「私ね、最初は人と接するのも何か嫌な感じだった、一人の方が良いって思ってた。でもヒロキくんやイズキちゃん、それにライサーさんがあの時優しく接してくれたのが嬉しくて仕方が無かったの、それから私は少しずつ他の人とも接する事が出来る様になったの。まだ少し苦手意識はあるけど・・・、今の生活は私にとって一番楽しいの」

アルトは、あの時の出来事(#12参照)がきっかけで、自分が少しずつ変わってきている事を、イズキとライサーに打ち明けた。アルトにとって、今の生活は、人生の中で一番楽しい時である事を。

「そうだったんだ、でもアルトが変われたのって、あたし達のお陰なんだよね、そう言われると何だか嬉しいな・・・」

笑顔でアルトに答えるイズキ。

「確かに陰気臭い事してるよりはずっと楽しいはずだしな」

ライサーも、イズキに賛同する様に言う。

「あたし達はずっとずっと友達だから、これからもよろしくな、アルト」

笑顔でアルトに手を差し伸べるイズキ。アルトも喜んだ表情になり、

「うんっ、私こそこれからもよろしくね」

アルトも笑顔を差し伸べられた手に握手をする。二人は満面の笑みで向かい合っていた。

「ところで、ヒロキはどこ行ったんだ?」

「あれ、そういえばいないな・・・」

「何処にいるんでしょう・・・」

ヒロキがいない事に今更気付く3人であった。

 

ヒロキは一人、はぐれた感じで、薬品棚の薬品を見ていた。

「う〜ん、何か僕だけみんなとはぐれた感じになっちゃったな・・・。それにしても・・・」

ヒロキはその場に立ち止まり、周りを見渡す。

「凄い数の薬品だな〜・・・、どれも知らない物ばかりで全然分からないや」

薬品に対する知識はほぼ皆無のヒロキ、見渡した所で目に入るのは全く知らない薬品の名前の入れ物ばかり、そんな中、ヒロキはある場所に視線を向けた。

「あんな高い所にも薬品らしき入れ物があるね、どんなんだろ」

高い場所に置いてある薬品を見ようとその場から下がった時、後ろの棚にぶつかってしまった。

「いたっ、後ろに棚あったんだ・・・って、うわぁ、上から降ってきた!」

何と、ぶつかった衝撃で、棚の上の方に置いてあった薬品がヒロキ目掛け落ちて来たのだ。

「うわぁぁぁっ!!」

物凄い割れる音と共に、ヒロキの周りに煙が舞い上がった。

 

「え?今の何の音?」

「何かガラスの割れる様な音だったが」

突然のガラスの割れる様な音に驚く3人。アルトはふと思った。

「もしかして棚に置いてあった薬品が落ちたのかも!」

「それに何かあの辺煙が舞い上がってるぞ!」

ライサーが見たのは、薬品棚が置いてある一部の箇所で、不自然な煙が舞い上がっていた。

「確かこの場にいないのはヒロキくんだけじゃ・・・」

(ひょっとしてヒロキの身に何かあったんじゃ・・・!)

イズキは一目散にその煙の場所へと走って行った。

「お、おい待てよイズキ!」

「待って、イズキちゃん!」

ライサー、アルトも慌てて追いかけて行った。

 

(ヒロキにもしもの事があったらあたし・・・)

ヒロキの身にもしも大変な事が起こってたらと思い、不安になるあたし。走りながらヒロキの無事を祈っていた。

「あ、あそこだ!」

あたしは煙の出ている場所に辿り着き、手で必死に仰いで煙を振り払い、やがて、煙の中から何か出て来た。

「ヒロキ!いるなら返事して!・・・って、あ、あれ?」

煙の中から出て来たのはヒロキ・・・にそっくりな美少女だった。しかも何故かびしょ濡れになっていた。

「うぅ・・・、びしょ濡れだよぉ・・・」

その少女は涙を浮かべていた。だけど、さっきまでこんな娘いたっけ?でも着ていた服は、明らかにヒロキの物だし・・・、どうなってるの、これ?

悩んでいても仕方が無いので、その娘に呼びかけてみる。

「あのさ、アンタ誰?」

「ふぇ?」

その娘は、泣きながらこちらを見て来た。

「何言ってるの・・・ボクだよ・・・ヒロキだよぉ・・・」

えぇ!?今ヒロキって言ったよね!?目の前にいる少女がヒロキだなんて、何かの間違いだよ!

「そんなはずないだろ、ヒロキはああ見えても男なんだぞ!」

「だからさっきから何言ってるのさイズキ、ヒロキはボクで、ちゃんとした男の子だよ!」

「え・・・?」

て事はも、もしかしてこの少女の正体はヒロキだって事!?でも何で急に女の子になってるの!?と、そんな時、ライサーとアルトも遅れてやってきた。

「大丈夫かイズキ、・・・と、そこにいる娘は誰だ?」

「大丈夫ですか、・・・あれ、あなたは?」

ライサーもアルトも目の前の少女が誰だか分からない様子だ。

「もーっ!みんなしてボクの事忘れたのー!?ボクはヒロキだって何回言ってるのさー!」

「何!?ヒロキだって!?」

「確かにヒロキくんには似てますけど・・・」

未だにその少女の言葉に信用していない様子のライサーとアルト、と言ってるあたしも半信半疑なんだけど・・・

「じゃあアンタが本当にヒロキだったら、自分の体見てみなよ」

あたしはその少女に自分の体を見る様に薦めた。

「だから何度もボクは・・・って、えぇぇー!!!」

ヒロキは下を向くなり物凄い驚き様だった。まぁ普通そうだけどね。

「ななな何でボ、ボクが女の子になってるの!!?」

「あたしに言われても・・・」

正直あたしに言われてもどうする事も出来ないし・・・。ヒロキは顔を紅潮させ、今の状況を把握出来てないみたいで、かなりパニくってる。

「も、もしかしてイズキ、ボクが女の子になる様な事した!?」

「あたしがそんな事出来るかぁー!!」

何を言ってるんだヒロキは!あたしにそんな事出来る訳無いじゃないか、そんな事が出来る位ならとっくに超人扱いされてるっての!

「にしても、全然違和感感じないな〜」

「まるで最初から女の子みたいに思えるわ・・・」

「そんな事言わないでよー!」

再び泣き出すヒロキ、よほどショックだったんだろうな・・・

「なぁアルト、ヒロキの性別を元に戻す方法って無いのか?」

あたしはヒロキが元の性別に戻す方法があるのかアルトに聞いてみた。

「う〜ん、多分だけど、落ちた薬品が別の落ちた薬品と何らかの化学反応を起こして、ヒロキくんの性別を入れ替えた気がするの。一時的であればある程度経てば元に戻るかもしれないけど・・・」

「けど?」

「もしかしたら一生戻らないかもしれないわ・・・」

「そんなの嫌だよぉー!!」

それを聞いたヒロキが尚更泣きだした。そりゃ戻れないともなるとショックなのはわかるけど、それより・・・

「あー、もう!少し大人しくしてくれよ!」

「だってさイズキ・・・、もう元に戻れないかもしれないんだよぉ・・・」

相変わらず泣き止む気配が無いヒロキ、何か色んな意味で困ってきた。

「いいから話を最後まで聞けって!」

「うん・・・」

とりあえずは大人しくなった様子。アルトがさっきの話の続きをする。

「じゃあ話の続きをするね、私が今からヒロキくんの性別を元に戻す薬を作るんだけど、それには少し時間が掛かると思うの。だからそれまでヒロキくんは女の子でいなくちゃならないし、私は手を離せないから、イズキちゃんがヒロキくんの面倒見てもらえないかな・・・?」

とりあえずは元に戻れる方法は見つかったけど、それまでに時間が掛かるみたいだそうだ。だからアルトはあたしに、女の子になったヒロキの面倒を見る様に頼んだのだ。アルトに言われなくても最初からそのつもりでいたんだけどね。

「あぁ、いいよ。今のヒロキが頼れるのはあたし位しかいないと思うから」

「ありがと、イズキちゃん。薬が出来たらメールするから・・・」

「分かった〜」

「それとヒロキくん、びしょ濡れだからシャワーを使って体を温めて、それと私の服だけど、着替えも用意したからそれを着てね・・・」

「うん、分かったよ」

ヒロキは立ち上がって歩き出そうとした時、床にこぼれた薬品の液に足を滑らせ、転倒してしまった。

「うぅ・・・、痛いよぉ・・・」

三度泣き出してしまったヒロキ。にしてもよく泣くなぁ・・・

 

ヒロキはシャワーを浴びに脱衣所へと向かって行った。あたしはライサーとヒロキの事で話していた。

「ヒロキを見て思ったんだが・・・」

「ヒロキが女の子になったこと?」

「それもそうだが、女の子になってからのヒロキ、心なしか泣きやすくなってる気がするんだ」

「あたしもそう思ってた」

確かに、女の子になってから妙によく泣く様になったヒロキ、最初はパニックで泣いてるのかと思ったけど、次第に些細な事でも泣き出すのは変だと思っていた。

「多分薬品の化学反応の影響だろう、それじゃ、俺はこの辺で失礼するわ」

「ちょっと待ってよ、何でこんな状況なのに帰ろうとするのさ!」

こんな状況にも関わらず帰ろうとするなんて、ライサー何考えてるんだよ。せめていてくれたって良いのにさ。

「俺がいても何も出来ず、ただ足手まといになるかもしれんからな」

「だからって・・・」

「俺には無理でもイズキなら出来るさ、それじゃ」

ライサーは一人で帰って行った。女の子のヒロキとどう接したらいいのか少し悩んでいた。

 

* * *

 

ヒロキがシャワーから上がって、アルトが用意した着替えの服を着ていた。

「ど、どうかな・・・、変に見えるかな・・・?」

恥ずかしながらあたしに聞いてくるヒロキ。普通じゃまず着る事はない服だろうからな。

「う〜ん・・・、変って訳じゃ無いんだけど、これって似合ってるって言っていいのかな・・・?」

「ボクに聞かれても・・・」

「そうだよなぁ・・・」

質素な女の子用の服だが、着ているのは、女の子になったとはいえヒロキである。その姿はあたしから見ても全くと言っていい程違和感が無い、むしろ元々女の子だった気にもなってしまう。

「丈の長いスカートだけど、やっぱり全然違う感じがする・・・。女の子って平気でスカートとか穿いていられるよね」

顔を赤くしながら言うヒロキ、確かに男の子はスカートなんて絶対に穿かないから、ヒロキにとっては未知の世界なのかもしれない。そういうあたしもあまり穿いた事無いから分からないけど。

「まぁ、あたしはスカートとかあんまり穿かないから良く分かんないけどな」

「そうだったね」

するとヒロキはあたしの隣に座ってきて、周りをキョロキョロと見回してからあたしの方へと顔を向ける。

「あ、あのイズキ・・・、お願いがあるんだけど・・・」

顔を赤くして、モジモジしながらあたしに頼み事をしてきた。ま、まさか告白とかじゃないよね!?性別が変わったからってい、いきなり告白なんて無しだぞ!

「な、何だ!?」

その事を思って思わず焦るあたし。だけど次の一言でその思いは吹っ飛んでいった。

「えっとさ・・・、ぼ、ボクの胸が本物なのか確かめて欲しいんだけど・・・」

「は?・・・はあぁぁぁ!!?」

何を言い出すのかと思えば、む、胸を確かめてもらいたいってー!?あたしは思わず大声を上げてしまった。言い出した本人は顔を紅潮させていた。

「む、胸って男にもあるだろ!?」

「そうじゃなくて、僕が言ってるのは、女の人についてるおっぱ・・・」

「それ以上言うなー!!」

あたしは全力でヒロキの口を塞いだ。これ以上言わせるのは何か凄くマズい気がした。そしてあたしは、ヒロキの口を塞いでいた手を離した。

「ぷはぁ、苦しかったよイズキ・・・」

「あぁ、ゴメン。あれ以上言わせるのがマズい気がしたから」

「そうなんだ、で、さっきの事なんだけど・・・」

そして話を戻すヒロキ。

「でもさぁ、さっきシャワー浴びた時とか見てるはずだろ」

そう言えばそうだ、ヒロキはシャワーを浴びているのだから、女の子の体になった自分を見ているはずだ、なのにどうしてあたしに頼んだりするんだ?

「凄く恥ずかしくて、ずっと目つぶったまま浴びてたんだ。それに着替えも、出来るだけ自分の体を見ない様にして着たんだよ・・・」

「そうだけどさ、よく自分の体見ない様にしてそこまで着れるよな」

見ない様にしてって言ってる割には、不自然さが全く感じられない、どう見ても普通に着たとしか考えられない着こなしだった。

「うん、自分でも不思議な位・・・」

それってある意味凄くないか?意外な才能の持ち主なのかもしれないなヒロキは。

「そ、それじゃ今から確かめてやるから体をこっちに向けてくれ」

「うん・・・」

ヒロキは体をあたしの方へと向ける。あたしは元から女だけど、こんな事するのは正直言ってすっごく恥ずかしい。あたしはヒロキの胸に軽く触れる。

「わひゃあ!」

「変な声出すな!あたしだって好きでやってる訳じゃ無いんだから少し我慢してくれ。あたしだって恥ずかしいんだから・・・」

「ゴメン・・・」

あたしは恥ずかしさで顔を赤くしながらも、ヒロキの胸をそっと押してみる。

「柔らかい・・・、本物だよ・・・」

少し押しただけでもへこむ程柔らかい、ふわっとした感じだった。と同時に本当に女の子になっていると改めて気付かされた。

「ねぇイズキ・・・、そろそろ指・・・離して・・・」

ヒロキは顔を紅潮させながら何かに耐えている感じだった。恐らく何かと言うのは恥ずかしさだろう。

「うぇ!?あ、あぁ・・・」

あたしは慌ててヒロキの胸から指を離す。羞恥心丸出しの自分が今ここにいる。危うく道を踏み外すとこだったかもしれない。

「それにしても女の子って、こんなに恥ずかしい思いしているんだな〜・・・」

「そうかなぁ?それにあたし思ったんだけど・・・」

「え、なぁに?」

「ヒロキさ、あたしより胸、大きいよな・・・」

「え・・・」

ヒロキにこんな事聞くのはどうだろうと思ったが、あたしはあえて隠さずに言った。女の子になってしまったヒロキの方が、元々女であるあたしより胸が大きい事をね。

「何か・・・、そう言われると凄く恥ずかしいなぁ・・・」

ヒロキは顔を赤くして恥ずかしがっていた。そして少しの沈黙の後。

「あのさ、気晴らしにでも近くを散歩しない?」

この状況を何とかしたいと思い、あたしは近くを散歩しようかと提案した。

「うん、そうだね。ボク外の空気吸ってすっきりしたいなって思ってたとこだったんだ」

「じゃあ行こうか」

「うんっ!」

あたしとヒロキはアルトの家から出て行った。

 

* * *

 

イズキが気分転換でもしようかって事で、イズキと一緒に散歩に出たボク。不慮の事故で女の子になってしまったボク、しかもその姿で外に出るのは結構恥ずかしいんだよね。それに、慣れない女の子用の服にも戸惑いながら。

「何キョロキョロしてんだ?」

「へ?」

ボクはイズキに言われるまで無意識にあちこちを見ていた。

「恥ずかしいのは分かるけど、あんまりキョロキョロしてると変な人に見られるぞ」

「へ、変な人・・・」

ボクは思わず涙がこみ上げてきた。確かに今のボクは普通ではない。急に女の子になるなんてまさしく変な人かもしれない。

「泣くなって、そう言う意味の変な人じゃないから!」

「ふぇ、そうなの・・・」

「ほら、何て言うか・・・、変質者とかの類の事を言ったんだよ」

「よかった・・・、てっきり今のボクの状況の事かと思ったよ」

何だそういう事だったのか、ボクは安心して、すっかり泣き止んでいた。

「それにあたしがヒロキにそんな事言う訳無いじゃん」

「それもそうだったよね」

女の子になって、男の時には無かった出来事や、違いが身を持って分かった気がする。服装とかも男の時とは違うし、体の作りも違うから、男だった時には味わう事が無かった恥ずかしさもあったりした。何より女の子は、男の子以上に大変な思いをしているって事も・・・。

 

あたしが出した提案で、ヒロキと一緒に散歩をしてるあたし、と言ってもすぐアルトの家に戻れる様、散歩範囲はアルトの家の周辺だけなんだけどね。

「ねぇ、イズキ」

「何だ?」

ヒロキがあたしに訪ねてきた。あたしは急に改まってどうしたんだろと思った。

「ボク、女の子になって思ったんだ、女の子って男の子以上に大変な事を経験するんだなって、最初はよく状況も分からなくて戸惑ってたけど、今になってはとても貴重な体験だったのかもしれないね。もう二度となる機会は無いけど、女の子になるのも悪くない気がするな〜」

「何言ってんだよ、そう何度も性別は変えられないものだぞ」

「それもそうだよね」

ヒロキの言う通り、性別が変わること自体貴重な体験だし、それにヒロキは今まで知らなかったものをいくつも実感したと思える。確かに男に戻れば、もう二度と女の子になる事は無いからな。あたしも女の子のヒロキは悪くないと思う。そんな時、あたしの携帯が鳴りだした。

「アルトからのメールだ」

「何て書いてあるの?」

「えっと・・・」

『イズキちゃんへ、ヒロキくんの性別を戻す薬が出来たので伝えておきます。私は家にいますから、丁度良いと思った時に私の家に来て下さいね。』

「だって、じゃあ『分かったよ、ありがとうな』って書いて返信しとくか」

あたしはアルトのメールを返信した。すると『どういたしまして、私が出来るのはこれ位ですから』と返事が返ってきた。

「じゃあ、ボクの性別は戻せるって事?」

「そうみたいだ、良かったな」

「うん、でもちょっと寂しい感じ・・・」

「あたしもヒロキの思ってる事何と無く分かる気がする」

ヒロキもそうだけど、あたしもヒロキの性別が戻るのは嬉しい事、だけど同時に寂しさみたいなのも感じた。それはヒロキにとっても同じ事だと思う。

「折角だからさ、手繋いで歩かない?」

「え!?いきなり何言い出すんだよ!」

ヒロキは突然あたしと手を繋いで歩こうと言い出した。あたしはその事に驚いてしまった。女の子とはいえ、相手はヒロキだからな・・・

「いや、女の子としてのボクはもう長くないからさ、この状態で何か思い出に残る事したいな〜って」

「別にヒロキがいなくなる訳じゃ無いだろ、それにあたしは・・・」

あたしはヒロキの事が好き、でもやっぱり本人の前では言えない、とても恥ずかしくて・・・、それに今はまだヒロキは女の子だし・・・

「やっぱり何でも無いっ!だ、だからさ・・・、手・・・繋ごう・・・」

あたしは顔を真っ赤にし、照れながらヒロキに言った。手を・・・繋ごうって。

「うんっ!ありがとう、イズキ」

満面の笑顔で振る舞うヒロキ、やっぱりこの辺は女の子になっても変わらないな。あたしはヒロキのこういった所が好きなんだよな・・・

「あ、うん・・・」

あたしとヒロキは、手を繋ぎながら、アルトの家へと向かっていった。

 

「二人共いい感じの様だな。どの様にしてこの恋が動くのか楽しみだな」

影からこっそりと二人を見守るライサーであった。

 

* * *

 

こうしてアルトちゃんの家に着いたボクとイズキは、家の中で元の性別に戻る薬を受け取った。

「じゃあ、明日にでも服返しに行くね」

「ううん、その服はヒロキくんにあげるわ。女の子になった記念って事でね」

「ありがとう、でももう女の子になる機会は無いんだよ」

「その事なんだけど・・・」

アルトちゃんが出して来たのは、僕が受け取ったのは違う薬だった。

「それって?」

その薬の事でイズキはアルトに聞く。

「これわね、性別を入れ替える薬なの。だからまたヒロキくんが女の子になる事だって出来る様になるわ」

「でもどうやってそんな薬作れたんだ?」

確かに僕もその事で気になっていた。僕が女の子になったのは、落ちて来た薬品の化学反応だって聞いたけど・・・

「あの時、ヒロキくんがいた所の床に水たまりみたいになっていた化学反応を起こした薬品の液体を元にして作ったの」

「事故で起きた物から薬を作るなんて凄いよアルトちゃん」

「全くだよ、あたしには到底思いつかなかったな」

「そんな褒められるなんて・・・、ありがとう・・・」

嬉しそうな顔をするアルトちゃん、やっぱり誰だって褒められるのは良い事だよね。

「ところでヒロキくんはもう元の性別に戻るの?」

「ううん、もうちょっとだけ女の子でいたいな〜って思ってるんだ」

「そう・・・、それもいいかもしれないね」

「じゃああたし達はそろそろ帰るな、また明日な」

「また明日ね〜」

「えぇ、また明日」

そしてボクとイズキは、アルトちゃんの家を後にした。その後イズキとも別れ、ボクは一人で自分の家へと向かっていた。

ボクはすぐに元の性別に戻ろうとは思わなかった。偶然の出来事によって女の子になってしまった事、あれはもしかしたらいい意味で起こった偶然なのかもしれない、それによって様々な事を経験する事が出来た。それもどれも貴重な体験ばかり、だからこそ今日はもうちょっとだけ女の子のままでいようと思う。もしかしたらまた新しい発見があるのかもしれないから。