#16 悲しみと儚さの音色
著/Ryuka

 

『・・・う〜ん、あれ?』

 

『ここは・・・、どこだろう・・・?』

 

『それに・・・、僕は誰なの?』

 

* * *

 

ここは傭兵の街にある病院、割と規模も大きく、都市並の医療設備が整っていた。そこに大怪我を負ったヒロキが運ばれ、即座に集中治療が行われ、何とか一命は取り留めたものの、まだ意識の方は回復しておらず、病室のベットに眠ったままだった。ライサー達もゴルザの了承を得て、Dr.クロノスの研究所で一夜を過ごしたが、イズキだけは、ヒロキが病室に運ばれてから、ヒロキの側を離れようとはせず、結局ヒロキの病室の中で一夜を過ごす事となった。

「・・・おはよう、ヒロキ」

病室の窓から注ぐ朝の陽ざしを受け、イズキは目を覚まし、ヒロキに挨拶するが、目を覚ます気配は無かった。

「ヒロキ・・・」

眠ったままのヒロキを見て寂しげな顔をするイズキ、そんな時誰かが病室の扉を開け、中に入ってきた。

「おはようイズキちゃん」

「アルト」

病室に入って来たのはアルトだった。

「アルトもヒロキの見舞いに来たの?」

「一応そうだけど、本当はイズキちゃんに用があるの」

「あたしに?」

急に自分に用があると言われ、戸惑うイズキ。アルトはそのまま話を続ける。

「あのね、外で話しない?」

「外で話すって、アルトと?」

「いや、私だけじゃなくて、ユキエさんとフェイラさんと一緒に」

「イズキちゃんの気持ちもわかるけど、時には気分転換も必要よ」

「何か悩み事があれば、ボク達に思いっ切り打ち明けようよ、気分もスッキリするよ」

ユキエとフェイラも、病室へと入って来て、イズキを元気付ける事を言う。

「みんな・・・、そ、そうだよね、時には気分転換も必要だよね、ありがとう、アルト、ユキエ、フェイラ」

アルト達のお陰で元気付けられ、少し表情が明るくなったイズキ。アルト達もイズキの表情を見て、ニコッと微笑んだ。

「それじゃあ行きましょう、イズキちゃん」

「うんっ」

イズキは一度ヒロキの方を振り向いてから、アルト達と共に病室を後にした。

「ところでさ、ライサーは一緒じゃないのか?」

「うん、ライサーさんはローダさんと一緒に何処かに行ったみたい」

「そうなんだ、教えてくれてありがと」

「いえ、そんな・・・」

少しばかり照れるアルトであった。

 

* * *

 

その頃、ライサーは、ローダと共に街の高台へとやって来ていた。

「ところで、話ってのは何なんだ?」

実はライサーはローダに話があると言われて、ローダと共に来ただけであった。

「あぁ、ヒロキの事だが」

「病院の方から聞いたとこ、幸い一命を取り留めたそうだ」

「そうか、死なずに済んだんだな」

「だが、まだ意識は失ったままだという事、それに・・・」

「それに?」

言葉の続きが気になるライサー、ローダは少し間を置いて、話を続ける。

「それに意識が戻ったとしても、記憶を失ってる可能性が高いらしい」

「おい、それってどういう事だよ!?」

ローダの言っていた事に驚きを見せるライサー。

「恐らく頭部を何かに強く打ち付けたショックにより、一時的に記憶が飛んだのかと言っていた」

「それじゃ、目が覚めたとしても、俺達の事を覚えてないって事か!?」

「そう言う事だ、つまりヒロキであってヒロキでないって事になる」

「イズキに言ったら、ショックを受けかねないから、あえて言わない方が良いかもしれない」

「そうだな、それじゃ俺達もヒロキの見舞いに行くとしますか」

「あぁ、じゃあ行こうか」

ライサーとローダも、ヒロキの入院してる病院へと向かって行った。

 

あたしとアルト達は病院の中庭に来たんだ、そこには患者と看護師が一組になっている姿があちこちで見られた。そしてあたし達は人気のない場所にあるベンチを選んで座った。

「ここじゃあまり他の人に聞かれる事も無いわね、それじゃ話をしましょうか」

「そうだね」

あたしはアルト達に、悩んでる事を打ち明けた。

「昨日ローダと一緒にヒロキの元に行ってヒロキの姿を見た時は、涙が止まらなくなって、その場でずっと泣き続けていたんだ」

「確かにイズキちゃん、帰って来た時から大泣きしてて、私に抱きついてきたよね」

「そういえばそうだったね」

確かにアルトの言う通り、傭兵の街に帰って来ても泣き続けて、心配してくれるアルトに思わず抱きついちゃったんだ、ヒロキがもし死んじゃったらっていう寂しさからなんだけどね。

「でも今思うと、ローダがヒロキを庇って無かったら、きっとヒロキは・・・」

思わず涙がこぼれる、するとユキエがこんな事を言ってくれた。

「そんな事は無いわ、ローダさんは凄く仲間想いで優しい人ですもの、この前だって、私が気を失って敵にやられそうな所を助けてくれたから」

「あー、それボクだってユキエちゃんを助けたんだよ」

「ええ、そうだったわね」

「そんな事あったんだー」

ユキエがそんな目に合ってるとは知らなかった、でもこれでローダがヒロキを自分の愛機を犠牲にしてまで庇った理由も分かる気がする。

「でもね、まだユキエちゃんは体の調子が万全って訳じゃ無いんだ」

ユキエの体調がまだ万全じゃないと言うフェイラ、あたしから見ると、何処も悪そうな感じはしないけど・・・

「うん、まだ少しだけ体が痺れる感じが残ってるから、今は静養中なの、それに今は私のゾイドも壊れて動けなくなっちゃったのもあるんだけどね」

「そうなんだ〜、あたしはゾイドが壊されなかった分マシなのかなぁ・・・」

「そうだと思うわ、ところでヒロキくんの様子はどう?」

「ボクも気になってたんだよね」

ヒロキの今の様子を聞くユキエとフェイラ。

「何とか一命は取り留めたんだけど、まだ意識が戻って無くてずっと眠ったままなんだ」

「相当重症だったんですね、でもヒロキくん無事で良かったわ」

安心した表情を見せるユキエ、でもあたしにとっては、不安でたまらなかった。

「だけど眠ったままのヒロキを見ていると、あたしはヒロキに何もしてやれない事が何より辛かった」

「ユキエちゃん・・・」

「それにあたしがヒロキを守ってやるって言ったのに、嘘ばっかりだ。結局あたしは何一つヒロキを守る事なんて出来なかったんだ・・・。あたしって、こんなに弱いんだな〜・・・」

今まであたしは、あたしがヒロキを引っ張っていってるつもりだった、でも実際はあたしの方がヒロキに引っ張って貰っていたんだ。最初の頃はヒロキに頼りないって言ってたけど、本当はあたしの方が全然頼りなくて、何かとヒロキに助けて貰ってばっかりなんだなって、改めて思ったよ。

「イズキちゃん、人はね、誰かを頼りにしなきゃ生きてはいけないの、だから弱いのはみんな一緒だよ」

「そうよね、そうイズキちゃんも落ち込まないで、私達みんなで共に頑張っていきましょ」

「ボク達友達じゃん、だから悩み事とかあったらこうやってまたみんなで話そうよ」

「アルト、それにみんな・・・」

みんなの温かい励ましに、あたしは思わず嬉しくなって思わず涙が出て来た。

「ど、どうしたのイズキちゃん!?」

「私達、何か悪い事を言ったのかしら!?」

「ううん、違うんだ・・・、みんながあたしの事を励ましてくれた事が嬉しくて・・・」

「そうだったの、よかった〜」

アルト達はホッとした様子だった。心配掛けさせてゴメンね。そしてあたしは涙をぬぐって、今まで言えなかった事をここにいるアルト達に思い切って打ち明ける事にした。

「あ、あのさ、みんなに言いたい事があるんだ。この事は他の人には言わないでね」

「うん」

「ええ、分かったわ」

「分かったよ」

今ならこの事が言える気がする、あたしが胸の奥でずっと秘めていた想いを。

「実はさ、あたし・・・、ヒロキの事が好きなんだ」

「ええーっ!?そうだ・・・」

「いいから話を続けて」

ユキエがフェイラの口を塞ぎ、あたしの話を続けさせようと気を遣う。あたしはそのまま話を続ける。

「今あたしが付けてる髪留めは、誕生日の時に、ヒロキにプレゼントしてくれた物なんだ。ヒロキが自分で選んできて、直接渡してくれた時は、すっごく嬉しかったんだ。あたしにとっては、どんな高額な物よりも、ずっとずっと嬉しかった、だからこうしていつも身に付けてるの、ヒロキも付けてるのを見て喜んでくれたし」

にこやかな表情で言うあたし、何て言うんだろう、今すっごく気分がすっきりしてる。

「ヒロキくんはイズキちゃんにとってとても大切な人なんですね」

アルトが優しい表情でそう言った。

「イズキちゃんがヒロキくんを好きになるのは分かる気がするなぁ〜」

いつの間にかユキエの口塞ぎから逃れていたフェイラが言った。

「・・・やっぱりそうだったんだね、私から見て、ヒロキくんとイズキちゃんは凄く仲が良いから、もしかしてって思ったの。でもヒロキくんはイズキちゃんの好意には気付いてないみたい、早くヒロキくんがイズキちゃんの好意に気付いてくれるといいね」

「何だかユキエには見通されたって感じだなぁ・・・」

思わず照れ笑いをするあたし、ユキエっておっとりした感じだけど、意外と鋭いんだなって思った。何かそう言われると恥ずかしいな。

「私も影から応援してるからね」

「ありがと、アルト」

アルトも応援してくれるなんて、嬉しいけどやっぱり恥ずかしいものだね。これが恋ってやつなのかな?

「ねぇ、どこからか音が聞こえてくるよ」

そう言ったのはフェイラだった。そういえばさっきから何か音が聞こえてたような・・・

「これって、バイオリンの音かしら」

「綺麗な音色、でも・・・」

「どこか切ない感じがするわ、イズキちゃんもそう思わない?」

ユキエにそう言われて、あたしも耳を澄まして聴いてみる。

「うん、確かにどこか切ない感じがする、まるでさっきまでのあたしみたい」

そのバイオリンの音色は、切なくて、あたしが目を覚まさないヒロキを見て心配してる様な感じだった。

「一体誰が弾いているのかしら?」

「こっちの方から聞こえるみたいだよ」

フェイラが指さした方向に向け、あたしたちは、そのバイオリンを弾く人の正体を見に行く事にした。

 

* * *

 

あたし達は木々の中を進んで行く内に、バイオリンを弾く一人の男の人がいた。歳的にはライサーやローダと同じ位に見えた。あたし達は気付かれない様に茂みの中に隠れた。

「あの人がもしかしてさっきの音色を奏でた人かな?」

「恐らくそうだと思うわ」

あたしとユキエは小声で話した。

そして、バイオリンの音色が鳴り止み、弾いていたその男が、

「そこにいるのは分かっている、隠れてないで出てきな」

どうやらバレていた様だ。あたし達は茂みの中から出る事にした。

「アンタの奏でるバイオリンの音色、凄く綺麗だったよ」

「でも、切ない感じがしました」

あたしとユキエは、バイオリンを弾いていた男に対して率直な感想を言った。

「別に・・・、あんたらに聴かせる為に弾いてた訳じゃない、だがあんたのその表情、今弾いたのとそのものだな」

「それって、あたしの事?」

「そうだ」

何でそんな事が分かったんだろう、音色を聴いただけで人の気持ちが分かるなんて、この人凄い気がする。

「あなたはもしかしてバイオリニストなんですか?」

その男に対して、アルトは問い掛けた。すると、意外な答えが返ってきた。

「いや、俺は旅の傭兵だ。バイオリンは趣味でやってるだけだ」

「それにしても、プロ並みの腕前ですね」

「周りからもよくそう言われる、だが俺はあくまで傭兵だ」

その男は多少不機嫌な様子で話した。彼は旅の傭兵であり、バイオリンを弾くのを趣味としているだけなんだって。

「よー、女だけで集まって何してんだ?」

その時、二人の男があたし達の前にやって来た。二人とも見覚えのある顔だった。

「あ、ローダさん」

「それにライサー、何でローダといるんだ?」

「いたら悪い様な言い方すんなよ」

ばつの悪そうな顔をするライサー、あたしはそんなつもりで言った訳じゃないけど、ライサーにはそう聞こえたんだろう。

「それにお前はクロノ、帰って来てたのか〜」

「ローダか、久しぶりだな」

「あの、お二人は知り合いなんですか?」

「知り合いも何も、クロノはこの街の傭兵なんだよ。それに俺とコンビを組んで戦っていた時期もあったしな」

「「「「えーっ!?そうだったのー!?」」」」

あたし達4人は、ローダが口にした事実に驚いた、その、クロノって人は、元々この街にいた傭兵で、さらにローダとコンビを組んだ事のある人物だったなんて、さっき会った時はそんな感じすらしなかった。

「あぁ、ローダの言う通り、俺は確かにローダと組んでいた時期はあった。ただ、8年前のある出来事をきっかけに、俺は武者修行の旅へと出る事にして、事実上ローダとのコンビを解消したのさ」

「あれから8年か、俺達もあの時と比べたら結構変わったが、相変わらずお前はバイオリンを持ち歩いているんだな」

「ただ持ち歩いてるだけじゃなく、弾いてもいるんだが」

「その辺は昔から変わってない、クロノらしいな」

「そういうお前も、昔から変わらんとこもあるがな」

「まぁな」

ローダとクロノは、久々の再開に、それぞれこれまであった事を話していた。

「そうだイズキ、あれからヒロキの様子はどうだ?」

「まだ意識が戻って無いまま」

「そうか、それじゃ俺は一足先にヒロキの病室へ行く事にするよ」

「あぁ」

ライサーはその場から離れ、そのままヒロキの病室へと行く為、病院の中へと入っていった。

「私達はどうしましょうか?」

ユキエがあたし達にこう言った、もう話す事は特に無いから、ヒロキの病室へと戻ろうと思っていた。

「特にここにいても何も無いですし・・・」

「そろそろヒロキくんの様子も気になるしね」

「あたしもフェイラの言う通り、ヒロキの様子が気になるから」

「それじゃあ、戻りましょうか」

ユキエがそう言って、この場から離れようとした時、

「ちょっと待て」

クロノがあたしを呼び止める。

「ローダから事情は聞いたが、ヒロキっていう男が、昨日の戦いで大怪我をして、今も意識が戻らないそうだな、もし何かあったら俺も出来る限り協力しよう」

「ありがとう、クロノ」

ところでどうしてローダはヒロキの状態を知ってるんだろうと思ったが、あえて突っ込まない事にした。

「じゃ、俺らも後で行くわ」

「分かった、また後でな〜」

あたし達はヒロキの病室へと向かった。ローダはあたしに向かってにこやかな表情で手を振っていた。

 

そして、イズキ達の姿が見えなくなった頃、さっきまで黙っていたクロノが口を開いた。

「お前、何か隠してるだろ」

ローダの顔から笑顔が消え、振っていた手を下した。

「・・・やはりお前には分かっていたか」

「何故あの子に本当の事を言わなかった?」

「決まってるだろ、アイツを、イズキを悲しませない為だ」

クロノが言っていた事は、ライサーにも言った記憶喪失の事だ。ローダは、イズキがそれを聞くとショックを受ける事を分かっていたので、この事を言わなかったのだ。

「だがそれが事実となれば、あの子の受けるショックはより大きい物になるぞ」

「分かってるさ、出来ればそうなって欲しくは無いものだがな」

ヒロキの記憶喪失が起きない事を願うローダだが、皮肉な事にそれは叶わぬ事であった。

 

* * *

 

ヒロキの病室へと戻ったあたしは、すぐさま眠ったままのヒロキがいるベットの前へと向かった。

「ただいま、ヒロキ」

あたしはいつもの様にヒロキに話し掛けるが、相変わらずヒロキから返事が返ってくる事は無い。

「ただいまって・・・、自分の家じゃあるまいし」

「それ位いーじゃんかー」

ったく、ライサーも余計なとこ突っ込まないで欲しいな。

「ライサーさん、私達が来るまでの間、ヒロキくんに何か変化がありましたか?」

アルトがヒロキの様子をライサーに聞く。

「いや、特に変わった事はないな、依然意識が戻って無いままだ」

「そうですか・・・」

「ところでローダ達は?」

「後から来るって言ってました」

「そうか、伝えてくれてありがとな、ユキエ」

「当然の事をしたまでですよ」

照れ臭そうに笑いながら言うユキエ、そういや最近知ったけど、ユキエはあたしやヒロキと同じ年だったんだよな、だけどあたしと違って、大人びた感じがするから、年上だと思っちゃうんだよ。

「何照れちゃってんのさ〜」

「もう、フェイラちゃんったら!」

フェイラのからかいに、顔を赤くするユキエ、フェイラってああ見えてあたしやヒロキやユキエよりも一つ年上なんだよな、ホント人は見かけによらないって言うよな。

「ん・・・?今、まぶたが動いた様な・・・」

「本当か、イズキ!?」

「あぁ、ほんの一瞬だったけど」

「もしかして意識が戻って来てるんじゃないのか?」

「ホントか、やっとヒロキが目を覚ましてくれるんだよね・・・」

あたしは期待を胸に躍らせながら、ヒロキが目を覚ますのを静かに見守った。

「う・・・うぅん・・・、あれ?ここは・・・?」

「ヒロキっ!良かった、目が覚めてくれて」

ヒロキが意識を取り戻し、目を覚ました事はあたしも嬉しかった。でも次のヒロキの言葉にあたしは・・・。

「えっと・・・、君は誰なの?」

「え・・・、どういう事?」

(やはり、ローダの言う通りか・・・)

あたしはヒロキの言っている事が理解出来なかった、きっとあたしを驚かす為にわざとやっているんだろうと思い、もう一度ヒロキに話し掛ける事にした。

「ひ、ヒロキったら、そんな分かり易い嘘ついてあたしを驚かしてるつもりなの?」

「ヒロキ・・・?それって誰の事?ところで僕は一体誰なの?」

「嘘だろ、本当に自分が誰なのか分かんないのか!?」

「うん、それにここにいる人達みんな誰なのかも分からないんだ」

「そんな・・・」

あたしには今のヒロキが受け入れられなかった、いや、受け入れたく無かった。こんなのヒロキじゃない!

「おい、待てイズキ!」

あたしはその場から逃げる様にして病室から走り去る。病室の出口辺りで誰かにぶつかったけど、今はそんな事気にしてる余裕は無かった。

 

「っと、大丈夫か?」

ローダは、ぶつかって来たイズキの顔を見た、目から涙を浮かべ、悲しい表情だった。そしてイズキはそのまま何処かへと走り去って行った。

「ローダ、イズキは何処に行った?」

「向こうの方へと走り去って行ったが」

ローダはイズキが走り去って行った方向に指を指す。

「イズキのあの様子だと、何かあったのか?」

「あぁ、ヒロキの意識が回復して目が覚めたが、ローダの言う通りヒロキは記憶喪失に陥っていた」

「やはり記憶喪失は現実のものになってしまったか」

「出来ればなって欲しくは無かったけどな、それよりも俺はイズキの後を追う、ローダ達はアルト達と一緒にヒロキの事を頼む!」

「分かった」

ライサーは急いでイズキの後を追って行った。

「だからあの時言っておけと言ったのに、あのイズキって子、さっきの様子見る限り相当ショックを受けていたな」

「仕方無いさ、いつ言おうがああなってしまう事には変わりない事だったからな、それにその事はライサーに任せるしかない、それより俺達は病室へ入ろう、まだユキエ達には話してないんだ」

「そうか・・・」

ローダ達は病室へと入っていった。

「あのローダさん、イズキちゃんとライサーさんが急に飛び出しちゃったんですけど、どうしたんでしょうか・・・?」

状況が読み込めず、おろおろしているアルト。

「それにヒロキくんに一体何が起きているんですか?」

「何か急に色んな事が起きて、ボク達には全然分からないよ」

やはりこちらも状況が読めず、困惑するユキエとフェイラ。

「みんな、よく聞いてくれ」

そう切り出したのはローダだった。クロノはただ黙っていた。

「実は、今のヒロキは記憶喪失で殆どの記憶を失っている。俺達の事どころか自分の名前すら覚えていない状態だ」

「嘘でしょ・・・、ヒロキくんが記憶喪失だなんて・・・」

「じゃあボク達にあった事や、ヒロキくんのこれまでの事も?」

「そうだ、当然今のヒロキには覚えていないだろう」

ローダが言った今のヒロキの真実に、衝撃を受けるユキエ達。

「それだと、確かにイズキちゃんが走り去る理由も分かるかもしれないわ・・・」

イズキが涙ながらに病室から走り去る理由を、ローダの言った事を聞いて、納得する様子のアルト。

「同じ職場の一員として、私はどうしたらいいの・・・」

仲間でもあり、友達でもあるイズキに、自分はどうしたらいいのか思い悩むアルト、こういう時に限って、何もしてあげれる事が見つからないものである。

「確かに、今の私達じゃどうすればいいのか分からないわ」

思い悩んでいたのはユキエも一緒だった。以前パートナーを組んで共にゾイドバトルに出場したヒロキが、こんな状態になるなんて、思いもしていなかった。

「ねぇ君、何か知ってる事があったらボクに言ってみて」

「う〜ん、何も分からないや・・・」

「そうだよね、何か無理やり聞き出してゴメンね」

「どうして謝ったりしてるの?僕何か悪い事でもしたかな?」

フェイラの言っている事が全く理解出来ていないヒロキ。

「いや、そうじゃないんだ」

軽く苦笑いをするフェイラ、彼女もまたどうすればいいのか悩んでいた。

「今まで普通に接してきた人が、何かの拍子で変わってしまったら、接した人がどうすれいいのか困惑するのは当然の事、現に彼女達がその例なのかもな」

「クロノ・・・、確かにそうかもしれないな、だがきっとヒロキの記憶が戻る方法がある筈だ」

「だが、それは今の俺達にはその方法が何なのかが分からない」

「あぁ、そこなんだよな」

ローダとクロノは、ヒロキの記憶が戻る方法が無いのか探すが、今の段階では見つからなかった。

 

あたしは病院から少し出た先の木の下まで走ってそこにいた。あたしは今の状況をどうにも受け入れる事が出来なかった。

「もうあたしには何が何だかよく分かんないよ・・・」

あたしは涙ながらにこう漏らした。

「やっと見つけたぜ、全く世話の焼ける奴だ」

「ライサー!?何で!?」

「お前の跡を追ってきたんだよ、まぁ逃げ出したくなる理由も分からなくもないがな」

ライサーはあたしの跡を追って来たらしい。

「あたしには今の状況が良く分からない、どうしてヒロキの記憶が無くなるのさ!」

あたしはこの良く分からない状況に、思わずライサーに向かって怒鳴りつける。そしてライサーの目の前に来て、あたしは、

「ねぇ!あたしは一体どうすればいいのっ!?こんな事信じたくないよっ!」

あたしは涙を流しながら、訴えかける様にしてライサーにへと叫びかける。するとライサーは、あたしの両肩に叩くようにして手を乗せた。

「いいかイズキ、よく聞け!」

ライサーはいつになく厳しい表情であたしに向かって言った。

「信じたくないのは、何もお前だけじゃない、俺だって信じたくはないさ」

「え・・・」

ライサーのその言葉に、あたしは言葉を失った。

「それにアルトやユキエにフェイラだって信じたくは無いだろう、でもあいつ等は自分達でどうにかしようと行動してるんだ」

「アルト達も、あたしと同じ考え・・・」

「あぁ、肝心のお前が逃げてどうするんだよ、しっかりしろよ、いつものお前らしさはどうした!?」

「ライサー・・・、そう・・・だよね、こんなのあたしらしく無いよね、でもせめてヒロキの記憶が戻る方法があれば・・・」

「あるさ」

「えっ?」

ライサーが、ヒロキの記憶を取り戻す方法があると言い出し、あたしは驚きを隠せなかった。

「お前がヒロキと一緒に生活するんだ」

「え、ちょ、ヒロキと一緒に生活って、何で!?」

ライサーの言っている事が理解出来ない、ライサーの顔を見ても、とてもふざけている様には見えなかった。

「何でって、今のヒロキじゃ一人で生活するのは困難だろ、だからその手助けが必要となるべく、ヒロキと関わりが一番長いイズキが適任かと思ってな」

「でもちょっと待ってよ、あたし不器用だし、家事何か全然出来ないよ」

「心配すんな、その辺りは俺達もサポートしとく、それに俺が社長にヒロキとイズキを長期休暇させて貰える様にしてやるからさ、きっと事情も分かれば社長も快く引き受けてくれるだろう」

ライサーは軽く笑みを浮かべ、あたしにこう話した。あたしはライサーがこんなに優しい奴だなんて初めて知った気がする。

「それに・・・、ヒロキの事が好きなんだろ」

ど、どうしてライサーがその事を!?ライサーには言った覚えが無い筈だ。突っ込もうとする気持ちを抑え、あたしはライサーに感謝の意味を込めてこう言う事にした。

「うん・・・、それにありがとう」

「な〜に顔赤くしてんだよ」

「んなっ!う、うるさいなぁ!」

やっぱり最後はいつものライサーだった、まぁ確かにあたしも顔を赤くしてたのは本当の事だけど・・・。

「はは、その調子ならもう大丈夫そうだな、じゃあそろそろ戻るか」

「そうだね、これ以上みんなに心配掛けちゃいけないし」

あたしとライサーは、ヒロキの病室へと戻る事にした。

 

* * *

 

「あ、イズキちゃんやっと戻って来た〜、急に飛び出して行ったから私心配してたんだよ」

心配そうな顔をしてあたしの元に寄って来るアルト、やっぱりあたしの事心配してたんだ、何かアルトには悪い事したなぁ。

「心配掛けてゴメンね」

「その調子だと、立ち直ったみたいだな」

「うん、いつまでも落ち込んでる訳にもいかないからね」

ローダがあたしに向かって話しかける、あたしは素直に答えた。

「あ、さっきの人が帰ってきた〜」

ベットの上のヒロキが無邪気な笑顔であたしに言う。

「ただいま、さっきは驚かせてゴメンな」

「僕は気にしてないから大丈夫だよ」

「ありがとう」

あたしはふと思った、ヒロキは今自分の名前を覚えていない、どうやってヒロキに一緒に生活する事を切り出せばいいんだろう、とりあえずそういう面で頼れそうなアルトとユキエにこの事を話した。

「あのさアルト、ユキエ、聞きたい事があるんだけど・・・」

「さっきライサーさんが言っていた事かしら?」

「うん、その事なんだけどさ」

アルトやユキエといった今この病室にいる人は、あたしがヒロキの生活の手助けをする為に一時的に一緒に暮らす件は、ライサーが話してくれたみたい。でもまだあたしからはその事を言ってないのに、その事について聞こうとしてるのが分かるユキエはやっぱり凄い人だと思った。

「どうやってヒロキに伝えればいいのかな・・・って」

「そんなの決まってるじゃない、イズキちゃんなりに伝えてみるのが私は一番だと思うよ」

ユキエの回答に、あたしは軽く驚いた。

「私も、ユキエちゃんと同じ考えなんだ」

アルトも、ユキエと同じ考えであった。そうだよね、何あたし迷ってなんかいたんだろう、あたしはあたしなりのやり方があるじゃないか。そう思った時、あたしの中から迷いは消えていた。

「ねぇ、君」

「僕?」

あたしはヒロキに話し掛ける。ヒロキは少しばかり驚いている様子だった。

「そう、君の事、初めまして、あたしはイズキっていうんだ、これから一緒になる事が多くなると思うからよろしくね」

笑顔でヒロキに手を優しく差し伸べる。

「うんっ、よろしくね」

ヒロキも笑顔で、差し伸べたあたしの手をしっかりと握ってくれた。これからあたしはヒロキと一緒に過ごす事になるのか、確かに嬉しいけど、ヒロキの記憶を取り戻すためにも、あたしの前に立ちはだかる幾度の困難が待っているに違いない、でもあたしはヒロキの為ならどんな困難も乗り越えられそうな気がする、だからこそ頑張ろうって気になれるのかもしれないな。

それに、あたしもいつまでも泣いてなんかいられない、記憶を失ってるヒロキの為にも、あたし自身しっかりしなくちゃいけないよね。

 

#16 完 #17に続く