#17 忘却の少年 | 著/Ryuka |
ヒロキが傭兵の街に入院して3日後、イズキ達がユートシティへ帰った頃に、Zi-worksCorporationの社長、ゴルザ・ラピレスは、傭兵の街にあるDr.クロノスの研究所へと来ていた。そしてゴルザは、Dr.クロノスと共に、大破したブレイジングウルフSAが格納されている場所にいた。
「これは酷い有様だ・・・」
目の前のブレイジングウルフSAを見て、思わずこう口にする。
「私もこの状態で運ばれた時には言葉を失いました」
Dr.クロノスもゴルザに同感する感じでこう言った。
「しかし機体がこの状況でよくヒロキ君が生きていけたものだな、普通なら死んでもおかしくはないのだが」
「社長であるあなたが縁起でも無い事言うものでは無いですよ、それにヒロキ君が助かったのは、ローダ君が自身の機体を犠牲にしてまで庇ってくれたお陰です」
「ローダ君がヒロキ君をか!?」
Dr.クロノスが言う事に驚きを見せるゴルザ。
「ええ、その証拠にあちらをご覧下さい」
Dr.クロノスはブレイジングウルフSAの隣にある、同じく大破したローダのコマンドウルフACの方に顔を向けた。ゴルザもDr.クロノスと同じ方向に顔を向いた。
「あのローダ君の機体までもあの有様とは・・・、一体この2体をここまでさせた敵は何者なのだ!?」
「両方とも、鉄色のバーサークフューラーによってのものです。ただ、その鉄色のバーサークフューラーなのですが、私も詳しい事までは分からないのです」
「ふむ、その鉄色のバーサークフューラーに警戒する必要がある様だな」
「そうですね、またいつ襲ってくるかも分からない状況ですし」
「それはそうと、新型ブレイジングウルフの件だが」
ゴルザは話題を変え、新型のブレイジングウルフの事でDr.クロノスに話す。
「その件ですか、それでどうでしたかゴルザさん?」
「うむ、実に素晴らしい出来だ、それにおいてだが、君に新型ブレイジングウルフの製造に協力して貰いたいのだが」
「分かりました、ですがここを長期間開ける訳にはいきませんので、時々という形になりますが、よろしいでしょうか?」
「勿論構わんよ、君には君の仕事があるからな、では宜しく頼むよ」
「ええ、喜んで」
ゴルザとDr.クロノスは固い握手を交わし、Dr.クロノスは新型ブレイジングウルフの製造に協力する意向を示したのだった。
* * *
その頃、ヒロキの家では、イズキと昨日病院を退院したヒロキがいた。ヒロキは退院はしたものの、頭にはまだ包帯をしたままで、実質的には自宅療養といった形だった。イズキは、ヒロキが記憶を失っているという事で、生活の手助けという事で、ヒロキと共に暮らす事となった。
「ここって、誰が住んでる家なの?」
と、イズキに聞くヒロキ。
「ヒロキの家だよ、アンタのね」
と答えるイズキ。やはりこのやり取りは、イズキにとって違和感のあるものだった。
「ねぇ、あのさ」
「何?」
「本当に僕って、ヒロキっていう名前なの?」
自分の名前の事で疑問を持っているヒロキ、それもそのはず、記憶喪失でヒロキは自分の名前が分からないからであるからだ。
「例え記憶が無くたってヒロキはヒロキさ」
優しくそう答えるイズキ、ヒロキはいまいちその事が分からなかったが、イズキの言っている事を信じて、自分はヒロキという名前なのだと思った。
「そうなんだ、僕はヒロキっていう名前なんだぁ、ありがとイズキちゃん」
「うぇ!?ど、どういたしまして」
笑顔で礼を言うヒロキ、イズキはヒロキから“イズキちゃん”という言葉に驚いていた。それでつい言葉がカタコトになっていた。そしてヒロキは何度も「僕はヒロキなんだ」と何度も繰り返して言っていた。
「まさか久々にヒロキから“イズキちゃん”って呼ばれるとはね・・・」
実はヒロキがイズキに“イズキちゃん”と呼んだのは、出会った時以来であった。暫く呼び捨てで呼ばれてきただけに、戸惑いもあった。
「でも、今のヒロキは記憶を失ってるから仕方が無いよね、・・・ちょっとむずったいけど」
“イズキちゃん”って呼ばれる事にむずったさはあったものの、今のヒロキの事を考えて、イズキはその事をヒロキに言及しようとはしなかった。
「うわぁ〜」
ヒロキが目を輝かしながら窓の外を見ていた。イズキはどうしたのかとヒロキの元へ寄る。
「あれ、凄く綺麗だね」
「あぁ、そうだね」
ヒロキが見ていたのは、ヒロキが記憶を失う前に大切に育ててあった花達であった。
「ねぇイズキちゃん、もっと近くで見ようよ」
「あ、ちょっと手引っ張るなって」
ヒロキはイズキの手を引っ張って、外へと飛び出し、すぐ隣の花壇へと向かった。
「わぁ〜・・・、近くで見ると本当綺麗だなぁ・・・、イズキちゃんこれって何て言うの?」
ヒロキは花達を見て、これは何なのかとあたしに聞いてくる。
「これは花っていうんだ」
あたしは普通にこう答えた。花の種類まではあたしも良く知らないので、詳しくは言えないんだけどね。
「この花達を植えたのって、誰だと思う?」
あたしはヒロキにこんな質問をしたみた。
「え〜と、イズキちゃんが植えたの?」
「ううん、違うよ。これ全部植えたのはヒロキなんだよ」
「えぇ、僕が全部植えたの!?」
当然この事も覚えていないので、驚く様子を見せるヒロキ。
「そう、今は分からないと思うけど、ヒロキは花とか好きだったんだよ」
「そうなんだぁ、僕こんな事していたんだね」
普通に考えたらヒロキの言う事はちょっと変だけど、記憶喪失なら話は別だよね。
「そうだ、今からこの花達に水をあげようか」
「えっ、何それ、やってみたいな」
「分かった、ちょっと待っててね」
あたしは水をあげる為のシャワーホースを持って行く為、物置へと向かい、物置の戸を開けてシャワーホースを探す。
「えっと、何処に置いてるんだろ・・・、あ、あった、これだ」
シャワーホースを見つけて持って行き、ホース部分の先端を花壇の近くの水道の蛇口にしっかりと付けて、栓を緩める、するとホースから水の流れる音が聞こえた。
「それじゃあこれを持って」
「うん」
あたしはヒロキにシャワー部分を持たせる。
「ここを押すと水が出るよ」
「分かった」
ヒロキは無邪気そうな顔でシャワー部分の水が出る場所を押す、だがそれは思いもよらない事となった。
「うわぁっ!」
「あっ、イズキちゃん!」
シャワーの水は、花では無く、あろう事かあたしに思いっ切りかかった。あたしもそうだが、ヒロキはそれ以上に慌てていた。
「あ、あの、ゴメンなさい、僕のせいで・・・」
「大丈夫、気にする事無いよ。失敗は誰にだってあるもんさ」
水をかけられても怒ったりはせず、笑顔でヒロキに答えた。確かに冷たいけど、ヒロキは悪気があった訳じゃないから怒る訳にもいかないしね。
「でも・・・」
「大丈夫だって、いいから花に水あげよう」
「うん・・・、そうだね、そうしよう」
あたしはヒロキの水やりの付き添いみたいな形でヒロキの隣にいた、水やりをしているヒロキの純粋な笑顔に、あたしも嬉しかった。
そして水やりも終わり、あたしはシャワーホースを物置の元の場所へと戻し、ヒロキの元へと戻る。
「あー、楽しかったぁ〜」
「ホント楽しかったね、あたしもこんな楽しい思いしたの久々だよ」
ヒロキは満面の笑みであたしを見ていた。見ているあたしもつい嬉しくなってくる。確かに最近こんなに楽しかったのって、誕生日以来だもんな。
「一杯遊んだらお腹減ってきちゃった」
「そうだね、もう昼時か、それじゃ家に帰ろっか」
「うんっ」
あたしとヒロキはお腹が空いたのもあって、昼食を取る為に家へ戻った。
* * *
その頃Zi-worksCorporationでは、社長のゴルザが傭兵の街から戻り、いつも通り社長室で自身が座る椅子に座っていた。ゴルザは机の上にDr.クロノスが作成した新型ブレイジングウルフの設計図を眺めていた。その様子を見ていたライサーは、
「社長、渡した時にも気になってましたが、それは何なんですか?」
「あぁ、これはDr.クロノスが書いた新型ブレイジングウルフの設計図だ」
「新型の・・・ブレイジングウルフ」
確かにこれをゴルザに渡したのはライサーであるが、中身の事までは知らなかったのだ。
「この新型ブレイジングウルフは、ヒロキ君に乗ってもらう事にする」
「ですが待って下さい、まだヒロキはゾイドに乗れる状態では・・・」
今のヒロキは怪我が完治してない上、記憶も失っているので、とても乗れる状態では無いとゴルザに言うライサー
「その事は分かっておる、だがいずれヒロキ君が元に戻った時の事を考えて、造るに越したことは無いだろライサー君」
「確かに、社長の仰る通りですが、まだヒロキの記憶が戻るとは限りませんし」
ヒロキの記憶が戻る可能性があるにしろ、万が一記憶が戻らない可能性があるとゴルザに示唆するライサー。
「確かにそうかもしれんが、そう考えても仕方ないだろ」
「それに今、イズキちゃんもヒロキくんに付きっきりだから、ここにいるエースパイロットは私とライサーさんしかいないのですよ」
「確かにそうだな、ヒロキとイズキが受け持つ依頼も俺とアルトが持たなくてはいけない、自分の分も含めれば、かなり厳しくなる。これでは体が持たないな」
ライサーやアルトの言う通り、今動けるエースパイロットはライサーとアルトだけであった。
「その件についてだが、臨時のエースパイロットとして強力な助っ人を呼んだのだよ、それでは入ってきたまえ」
すると社長室の扉が開き、一人の男が入って来た。その男を見たライサーとアルトは驚きを隠せなかった。
「あ、あなたはっ!?」
「ろ、ローダ!まさか強力な助っ人って!?」
「俺の事さ」
2人が驚くのも無理も無い、何とその助っ人の正体は、傭兵であるローダであったからだ。服装もZi-worksCorporationの制服では無く、普段通りの格好であった。
「どうしてローダさんが臨時のエースパイロットに?」
「ゴルザ社長からヒロキとイズキが出られない事を聞いてな、俺はその埋め合わせ役みたいなものさ」
「て事は俺達の様な普通のエースパイロットとは違うのか?」
「そう言ったとこだな、いわばフリーランス的な立場で、傭兵に近い立場だな」
ローダは表面上は臨時のエースパイロットという事になっているが、実際はフリーに行動出来る、本業の傭兵と変わらない立場なのであった。
「という訳で、ローダ君には主にヒロキ君とイズキが請け負う依頼を引き受けてもらう事で良いかな?」
「ええ、了解しました」
快く了承するローダ。そしてローダはおもむろにライサーとアルトに話し掛ける。
「あれからヒロキの様子はどうだ?」
「まだ特に変わった事はないな」
「今はイズキちゃんと共に暮らしています」
「そうか・・・、イズキもイズキでヒロキの事を思って頑張っているんだな」
イズキの頑張りに関心する様子のローダ。
「ところでローダ、ゾイドの方は大丈夫なのか?コマンドウルフは大破してる筈だろ」
ライサーは、彼の愛機であるコマンドウルフは、クリムゾンフューラーからヒロキを庇う為に大破してしまったので、自分のゾイドは所有していない筈だと思っていた。
「実は俺にはコマンドウルフの他に、専用にチューンナップを施したガンスナイパーがあるから、その心配は無い」
彼はコマンドウルフの他に、専用のガンスナイパーを所有しており、コマンドウルフを失った今、こちらを愛機としている。
「ならいい、まさかローダ程の傭兵がゾイドも無しに来たのかと思っただけさ」
「それは無いな、いかなる状況に備えて、予備の機体も用意してるからな。じゃ、俺は依頼をこなしに行ってくるわ」
「私も依頼があるから行かなくちゃ、それではライサーさん」
「あぁ、頑張れよ」
ローダとアルトは、それぞれの依頼をこなす為、社長室を後にする。
「・・・で、俺に用って、何ですか社長?」
社長室に唯一残ったライサー、実は始めからライサーは社長に伝える事があると言われ、ここに残っている事になっていたのだ。因みに今日ライサーには依頼は入っていなかった。
「その事だが、君だけに伝えようかと思ってな」
「というのは?」
ゴルザが自分だけに伝える事がある事に、疑問を持つライサー。
「実はな、ヒロキ君とイズキが復帰した際、君には街に残って欲しいんだ」
「え〜と・・・、それはどういう事ですか?」
ゴルザの言っている事がいまいち理解出来ないライサー、ゴルザはそのまま話を続ける。
「つまり、ヒロキ君とイズキが戻って来た時から、君にはこの街に留まって貰いたいのだよ」
「何故俺がですか!?」
「この前の襲撃事件を受けて、街の防衛策として、エースパイロットを一人配備する事に決めたのだよ。それでライサー君が選ばれたのだ」
この前の謎の傭兵達によるユートシティが襲撃事件以降、市長と治安局長とゴルザによって、防衛強化の為にZi-worksCorporationのエースパイロットの中から一人この街に留めさせる事が決まり、襲撃事件の際に、指揮能力を発揮していたライサーが選ばれたのだ。
「確かに襲撃事件前までは、治安局とZi-worksCorporationの一般のパイロットだけで防衛していましたが、あの襲撃事件があっては、流石にそうせざる負えませんね。分かりました、その件については、引き受けるという方向で受け取らせて頂きます」
ライサーは今の現状を見て、この件を引き受ける事を示した。
「うむ、本当に済まないなライサー君」
「いえ、このユートシティを守る為にも仕方のない事です」
申し訳無さそうに言うゴルザにライサーは、既に決まった事だからと思わせるような事を言った。
「じゃあ俺もこの辺で失礼させて頂きます」
そう言ってライサーは社長室を後にする。その後、休息室にて。
「・・・とは言ったものの、実際にそうなれば、ヒロキ達と行動する機会が減るのか、今まで共に行動してきただけに少し寂しくなるな」
ライサーは一人、自分の胸の内を語っていた。
「さてと、夜にでもヒロキの家に顔でも出しに行くか」
そう言ってライサーは休息室を後にした。
* * *
その頃あたしはと言うと、ヒロキの家に戻って、びしょ濡れになった衣服を着替え、それから昼食を作っている最中だった。でもあたしは家事や炊事とかは、どちらかと言うと苦手な方だった。
「あっちゃ〜、やっちゃったぁ・・・」
あたしは昼食に、買っておいたパンを焼いていたのだが、焼く時間が良く分からなかったから適当な時間で焼いてたら、パンが焦げてしまっていたのだ。
「う〜ん、焦げた部分を取り除けば食べられるかも」
そう言ってあたしはパンの焦げた部分を取り除いた。その結果、元の半分くらいまで小さくなってしまっていた。
「後はこのクリームパンと一緒に出すだけだな」
最後に同じく買っておいたクリームパンと一緒に出せば、昼食は完成。しかし、この焼いたパンの原型は完全に無くなってるので、正直何のパンなのか忘れてしまった。
「ヒロキ〜、昼ごはん出来たよ〜」
「やったぁ、もう僕お腹ペコペコだったんだよ」
待ってましたと言わんばかりの顔をしてあたしの元へとやってくる。何か今のヒロキって、小さな子供みたい。
「ゴメン、ちょっと遅くなっちゃった、じゃあ食べようか」
「うん」
あたしとヒロキはテーブルを境に向かい合う様にして椅子に座る。何か目の前にヒロキがいると、ちょっと恥ずかしいって言うか、何て言うか・・・、つまり言葉に言い表せない様な気持ちになった。
でもやっぱり空腹には勝てないもので、あたしは食べる事にした。
「いただきま〜す」
そう言って、パンを食べようとした時、ヒロキが不思議そうにあたしを見ていた。
「どうしたの?」
「食べ物を食べる時って、いただきますとか言わないと食べちゃダメなの?」
「えっ!?」
あまりに当たり前の事を聞かれて、あたしは思わず持っていたパンを落としそうになった。そうだった、今のヒロキは記憶喪失だったのすっかり忘れてたよ。という事で、あたしは今聞かれた事をヒロキにあたしの分かる範囲で教える事にした。
「いただきますってのは、食べ物を食べる時にする挨拶みたいなものだよ、そして食べ終わった後はごちそうさまでしたっていう挨拶みたいのをするんだよ、分かった?」
「うん、分かったよ」
あんまり上手く説明出来なかったけど、何とかヒロキには伝わったみたい。
「いただきま〜す」
そう言ってヒロキは焼いた方のパンを口にする、焦げをある程度取り除いたとはいえ、多少は残っていたので味的の心配があった。
「どう、美味しい?」
「うん、あったかくて美味しいよ」
「良かったぁ・・・、じゃああたしも食べてみよう」
ヒロキが美味しいと言ったので、あたしも自分の焼いたパンを食べてみる。
「ね、美味しいでしょ」
「う、うん、美味しいね・・・」
ヒロキには言わなかったが、正直に言うと、ちょっと苦い・・・、多分焦げの味。それ以外の場所もあまり味が無く、ただ単にカリカリしたパンで、美味しいと言える物では無かった。何だかヒロキに対して申し訳ない気持ちになってきてしまう。
「ねぇイズキちゃん、このパン凄いね、中から黄色いのが出て来たよ、しかもその黄色いの柔らかくて、舐めたらすっごく甘かったんだ」
ヒロキが手に持っていたのは、クリームパンだった。ヒロキはそれを半分に割って、中のクリームを見るなりはしゃぎ出して、あたしにこう伝えたんだ。
「それはクリームパンって言って、中に入ってる黄色いのはクリームっていう甘いものなんだよ」
「へぇ〜、これクリームパンっていうんだ〜、それにしてもこのパン甘くて僕大好きだな」
嬉しそうな表情で食べるヒロキ、その姿は記憶喪失っていうより、思考が幼児化した感じにも思えてくる。
「ごちそうさまでした」
ヒロキは食べ終わり、あたしの言った通りにごちそうさまでしたと言った。
「ごちそうさまでした」
あたしもヒロキに続く様にして食べ終わる。するとヒロキが、
「ふわぁ〜あ、何だか眠くなってきたよ・・・」
ヒロキは大きなあくびをし、近くにあるソファに横になる。すると瞬く間に寝息を立て始めた。きっと慣れない事ばかりで疲れたんだと思う。
「すぅ・・・すぅ・・・」
「気持ち良さそうに寝てる・・・、そういや昔も良く寝る奴だったよな」
ヒロキの寝顔を見て、あたしは可愛いなと思ったと同時に、あの時の事を思い出した。
あれは4年前の事だった、あたしがヒロキと出会ったのは、Zi-worksCorporationの中の廊下の一角でぶつかった事がきっかけだった。丁度その時Zi-worksCorporationの入社試験が行われていて、あたしもヒロキも入社試験に受けていたんだ。ヒロキとぶつかった直後は、その事で凄くムカついていたけど、入社試験の時にヒロキと話していく内に、段々打ち解けていったんだ。あの時のヒロキは、ちょっと気弱で頼りなかったけど、優しい性格の持ち主で、その性格は今も出会った時と殆ど変ってない。だからあたしはヒロキの事が好きになったかもしれない。
「早くヒロキの記憶が取り戻せる様に、頑張らなきゃね、あたし」
あたしはヒロキの為にもそう誓った。
「それじゃ、食べた後の後片付けをしなきゃ」
あたしは昼食の後片付けに取り掛かった。
* * *
ヒロキが寝ている間、あたしはヒロキを起こさない様に、片付けや洗濯をしたりした。不器用なあたしでも、何とかそれなりには出来たと思う。
「もう夕暮れか・・・」
気付かない内に外は日が暮れかけており、部屋の中も薄暗くなっていた。
「そういやまだ夕飯の準備してなかった、どうしよう・・・」
「そんな事だろうと思って材料持って来てやったぜ」
「あぁ、助かったよ・・・って、ライサー!いつの間に!?」
「ついさっき、お前鍵掛けてなかったぞ、ところでヒロキは?」
夕飯の準備で困っていたあたしの前に突如現れたのは、ライサーだった。両手には買い物袋を持っており、中身は夕飯の材料だそうだ。それにしても鍵掛かって無かったからって、黙って入ってくるなよな。
「今あっちの部屋のソファで気持ち良く寝てるよ」
「にしても暗いんだから、せめてここだけでも電気位付けろよ」
「言われなくても分かってるよ!」
あたしは台所の電気を点ける。そしてライサーが食卓テーブルの上に材料を置く。
「これ位あれば十分だろ、じゃあ俺は帰るぜ」
そう言って帰ろうとするライサー、でも待って、確かライサーって、料理が上手だった様な・・・
「待って!」
「何だ?」
そうだよ、ライサーは確か料理が上手だったんだよ、今のあたしにはまともに料理が出来ないので、教えて貰いたかった。確かにライサーに料理面をやって貰うというのも一つの手だろうけど、それだと何だか負けた気がするので、その手段は選びたくなかった。
「あの・・さ、あたしに料理を教えてほしいんだけど・・・」
あんまりライサーには頼りたくなかったけど、こればっかりはあたしにもどうにもならない事なので、ライサーに頼るしか無かった。
「そういやそうだったな、お前まともに料理出来ないんだよな。それじゃあ俺が教えてやるよ」
「何かムカつくんだけど」
「まぁそう深く気にするな」
所々ムカつく言葉が出てくるのは、ライサーらしい所だが、あたしの頼みに嫌がる様子も無く、むしろ快く引き受けた様子だった。
「ところで、何を作るんだ?」
「カレーだよ、お前、材料見なかったのか」
確かに材料を見ると、カレールーに、ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、鶏肉と、正しくカレーの材料であった。
「う、うるさいなぁ!良く見てなかっただけだよ!」
「米については心配いらんぜ、さっき研いで、今炊飯器で炊いてるとこだから」
「早っ!」
ライサーの作業の早さにあたしは驚いた。慣れてる人はやっぱ違うもんなんだね。
「それじゃまず野菜を水で洗ってくれ」
「分かった」
ライサーの指示に従って、あたしは野菜を水洗いする。そして洗い終わった後、ライサーが次の指示を出す。
「次はそこに皮むき機でジャガイモとニンジンを、タマネギは手で皮を剥いてくれ」
「ところでニンジンに皮って付いてるの?」
「当たり前だろ、皮と身が同じ色をしてるだけだ」
「そうなんだ、知らなかった・・・」
ニンジンって皮が無い様に見えるのは、皮と身が同じ色をしてるからなんだ。あたしはいままでニンジンに皮なんて無いと思っていた。
「これでどうやって皮を剥くんだライサー?」
「それの刃の付いてる部分を野菜に付けて手前に引っ張れば剥ける」
ライサーはあたしに教えながらも、鶏肉を食べやすい大きさに切っていた。あたしはライサーのアドバイス通り、皮むき機の刃の部分をもう片方の手に持っていたニンジンに合わせて、皮むき機を手前に引っ張る。すると、簡単にニンジンの皮が剥けた。
「おぉ〜、これは凄い!」
あたしは夢中になって、野菜の皮を剥いた。あ、勿論タマネギは手で剥いたけどね。それにしてもジャガイモを剥いていたのだが、どうしてもくぼんだ所だけが剥けなかった。
「ライサー、ジャガイモのくぼんだ部分がどうしても剥けないんだけど」
「そう言った場合は、刃の付いてる部分の横に盛り上がった部分があるだろ」
「あるね」
「それを使って、グリグリとえぐり出す感じでやるんだ。そうすれば、そういった場所の皮も剥けるが、あんまりやりすぎると身も削っちまうから気を付けろよ」
「よし、やってみる」
あたしは皮むき機の盛り上がった部分を、ジャガイモのくぼんだ部分に差し込みグリグリさせる。すると、くぼんだとこの皮が剥けていくでは無いか、これ地味に楽しいな。そして全部の野菜の皮むきが終わったとこで、ライサーが次の指示を出す。
「じゃあいよいよ包丁を使って野菜を食べやすい大きさに切っていくぞ」
そして包丁を使っての野菜を切る、そもそも包丁を使うのは今日が初めてだったりするから、ちょっと怖いのもある。
「包丁を使う上での注意だが、怖がったり力んだりするなよ、返って怪我しやすくなる。それと持ち方についてだが、普通に握るんじゃ無くて、包丁の刃の上の部分を、人差し指で押さえる様にして持つ、そしてもう片方の手は、切る物をしっかりと押さえつける。そうしないと危ないからな。最後に切り方だが、包丁は、大抵のものは一直線で切る事は出来ない、そこでノコギリの要領で上下交互に包丁を動かすと切る事出来る。ちょっと説明が長かったけど、ちゃんと聞いたか?」
「あぁ、何とかね」
あたしは今聞いた事を忘れない為にも、メモ帳に書いておいた。今後においても必要のことだからね。
「じゃあ早速ジャガイモから切ろうか」
あたしはライサーの言う通りの場所にジャガイモを切っていった。途中何度かライサーに注意されたけど。そしてニンジンもジャガイモ同様に切っていった。
「最後はタマネギな訳だが」
「えぐっ・・・、涙が・・・止まんない・・・」
案の定タマネギ切っている時は、ずっと涙が止まらなかった。それでも何とか切り終えた。
「あ、目を擦るなよ、ちゃんと手と顔洗って来いよ、そうすれば涙も止まる筈だ」
「分かったぁ・・・、ありがとう・・・」
あたしは洗面所へ向かい、手と顔を洗った。すると、ライサーの言う通り、涙は止まった。
「そして切った野菜と鶏肉を、この熱湯が入った鍋に入れて、頃合いを見てカレールーを入れる。後はひたすらかき混ぜていけば、とろみが付いて、カレーの完成って訳だ」
グツグツと温まったお湯が入った鍋の中に切った鶏肉と野菜を入れていく、丁度良いとこを判断出来た所でカレールーを入れ、ひたすらかき混ぜる事数十分、ようやくカレーにとろみが付いてやっとカレーが完成。ご飯もしっかりと炊きあがっていた。
「やっと完成だ〜、後は盛り付けるだけだ」
「じゃ、俺はこの辺で失礼するわ」
「え〜、折角作ったのに食べていかないの!?」
折角カレーが出来たってのにもう帰るなんてどういうつもりなんだろ?
「あぁ、それにそのカレーは、二人分の量しか作っていない、ヒロキと一緒に食べなよ、んじゃ、食べ終わった後しっかり鍋お湯でうるかしておかないと、固まったルーがこびり付いて取れないからな」
そう言ってライサーは帰っていった。というかカレーが二人分しか作っていないから、ライサーは食べられない事が分かっていたんだろうな、さて、ごはんを盛り付け、さらにその上にカレールーを掛けて本当にこれで完成。という事で、ヒロキを起こしに行くことに。
「ヒロキ、晩ごはんだよ、ほら起きて」
「うぅ〜ん・・・、あ、おはようイズキちゃん」
寝ぼけた表情で、あたしに挨拶するヒロキ。
「おはようって、もう外真っ暗だけどね。そんな事よりも晩ごはん出来たから食べよう」
「ふわぁ〜、そうだね、食べよっか」
ヒロキはあくびを一回してから立ち上がり、食卓テーブルの椅子に座るヒロキ。すると早速ヒロキはカレーを見るなり不思議そうな顔をして、イズキに聞いてきた。
「イズキちゃん、これ何?」
「これはカレーって言って、晩ごはんの定番メニューの一つだよ」
「そうなんだ、それじゃいただきま〜す」
「いただきま〜す」
あたしとヒロキはカレーを食べ始める。
「これ美味しいね」
「そうだね」
ライサーに教えて貰ったとはいえ、自分が作った料理がここまで美味しくなる事に驚いた。
「イズキちゃん」
「はい?」
ヒロキがあたしの名前を呼んで、ヒロキの方を向いた瞬間、
「!!」
ヒロキがあたしの口の中にカレーの具を入れて来たのだ。ちょ、ちょっと大胆じゃないのか!?あたしはすっかり顔が真っ赤になっていた。
「やった、食べてくれた。嬉しいなぁ」
今のヒロキにはそんなつもりは無いんだろうけど、あたしにとってはまんざらでも無い状態だった。だって、好きな人に食べさせられるなんて、そんな事一度も無かったし・・・
「どうしたのイズキちゃん?顔が真っ赤だよ」
真っ赤になったあたしの顔を心配そうに見るヒロキ。
「あはは、大丈夫だよ、ちょっと急だったから少し恥ずかしくなっただけだから」
「良かったぁ〜、もしイズキちゃんに何かあったらと思って、僕心配していたんだ」
「心配してくれてありがとう、ヒロキ」
あたしはにこやかに答える。ヒロキは何だか照れ臭そうな表情をしていた。
それから夕食を済ませ、またヒロキと様々な話をした。ヒロキの分からない所は、あたしが分かる範囲で教えたりした。こうしている内に時間はあっという間に過ぎ、ヒロキが眠くなったと言い出したので、あたしはヒロキを、部屋のベットまで連れて行った。
「それじゃおやすみ、ヒロキ」
「うん、おやすみ〜」
ヒロキが布団に潜ったところで、あたしはリビングへと行き、そこのソファに寝る事にした。
「電気を消してと、あたしも眠ろう・・・」
とその時、あたしの方に向かって足音が近づいて行く。あたしは起き上がり、その足音の方へと近づいた。
「誰だっ!」
「うわぁ、びっくりしたぁ・・・、僕だよ」
「うぇ!?ひ、ヒロキ!?どうしたんだよ、寝たんじゃ無かったのか!?」
その正体はヒロキだった。暗かったが、何か寂しげな表情をしているように見えた。
「イズキちゃん、僕の隣に寝て欲しいんだ」
「な、何で急に?」
えぇーっ!?隣に寝て欲しいって、今記憶を失ってる筈だよね、なのに何でこんなに大胆なんだ!?ま、まさかもう記憶は戻っていて、あえて記憶喪失のフリをしている、そ、そんな事は、いくらヒロキでもしないよね!?あたしの心はすっかりパニックに陥っていた。
「僕、一人で寝るのが寂しくて怖いんだ、だからお願い・・・」
あ、何だそういう事か・・・、何パニくってたんだろ、あたし。
「分かったよ、あたしが隣で寝てあげるから、ベットまで戻ろう」
「うん・・・」
あたしはヒロキと一緒にさっきのベットのある部屋まで戻っていった。その時のヒロキの顔は安堵に満ちていた。そしてヒロキと一緒に布団に潜り込み、ヒロキが眠るまでいてあげる事にした。やがてヒロキはすやすやと寝息を立て始めた。
「ようやく寝てくれたし、あたしは・・・あれ?」
ベットから出ようとした時、左腕の方に何か違和感がしたので、布団をめくってみると、ヒロキがあたしの左腕をしっかり握っていたのだ。
「行かないでぇ・・・」
「えっ?」
あたしは慌ててヒロキの方を見る。
「すぅ・・・すぅ・・・」
だが、ヒロキは眠っていた。
「も、もしかして寝言・・・」
寝言とはいえ、やはり夢でも誰かから離れて行っては欲しくないんだな、あたしはベットに出る事を諦める事にした。
「心配しなくても大丈夫だよ、あたしはここにいるから」
あたしがそう言うと、ヒロキは嬉しそうな寝顔をしていた。そしてあたしもようやく眠りについた。
#17 完 #18に続く