#21 哀しみ、そして復活
著/Ryuka

 

「その件については、頼んだぞアルト」

「ええおじい様、この私がお望みを叶えて差し上げます」

アルトの身に変化が起こった翌日、Dr.ホワイトとの通信を今終えたばかりのアルトは、昨日同様人格が変わっていた。そしてアルトは家を出る支度を始める。

「任せて下さいおじい様、この私が必ず・・・」

そう言って彼女は家を出た。彼女の目に映るDr.ホワイトの企みは一体何なのか?

 

* * *

 

「よーし、久々の仕事復帰、張り切って行くぞー!」

今日からZi-worksCorporationの仕事復帰となるあたしは、久々の仕事に張り切っていた。

「あのさイズキちゃん、僕も一緒に行ってもいいかな・・・?」

「へ?何で急に?」

ヒロキが自分からZi-worksCorporationに行きたいと言い出した。この前行った時はあたしが連れて行く様な感じで行ったけど。

「何て言ったらいいんだろう・・・、あの場所に行ったら、何か大切な事を思い出せそうな気がするんだ」

「!(もしかしてヒロキの記憶は、もうかなり戻り掛けているって事・・・)」

確かにここ最近のヒロキは、時々うなされたり、頭を抱え込んだりと、何か思い悩んでる様な仕草を目にしていた。それに度々記憶を失う前の事を口にしたりしていた事から、ヒロキの記憶が戻り掛けている証拠なのではと思っていたところだった。

「ヒロキがそう言うならあたしは別に構わないよ」

具体的な事はあたしには分からないけど、ヒロキの記憶が取り戻せるきっかけであるならば、あたしは断る様な事はしない。あたし自身ヒロキの記憶が戻って欲しいという思いもあったからだ。

「ホントにいいの!?」

「あぁ、勿論だよ」

「ありがとう、イズキちゃん!」

嬉しそうに喜ぶヒロキ、その様子を見てるあたしも嬉しくなってくる。

「それじゃ早速行く支度をしようか」

「うんっ」

あたしとヒロキは身支度を整えて、Zi-worksCorporationへ向かうべく、ヒロキの家を後にした。

 

こうしてZi-worksCorporationへと着いたあたし達は、いつもの様に社長室へと向かっていった。その際、社長室の場所を知らないヒロキは、ずっとあたしの後ろについて来ていた。

「この扉も久々だな〜」

社長室の扉を前にしてこう口にするあたし、この場所に来るのはヒロキが記憶を失う前以来だ。

あたしは深呼吸をしてから、社長室の扉を開けた。中には父さん・・・いや社長と、ライサーがいた。

「おぉイズキにヒロキじゃないか、二人共ここに来るのは久しぶりだな。・・・いや、今のヒロキにはここは初めてか」

まずあたしとヒロキに声を掛けたのはライサーだった。

「イズキちゃん、僕ここ前来た事あったっけ?」

「う〜ん、まぁ一応初めてだね」

「そうだよね、でも・・・、良く分かんないけどここは見覚えがある気がするんだ・・・」

頭に手を当てて思い出そうに言うヒロキ。

「・・・イズキの言う通り、ヒロキの記憶は戻り掛けてはいるな」

ライサーもヒロキの記憶が戻り掛けてる事を認識した。だけどライサーはその事に驚く様子は無かった。

「いや待てよ、ヒロキがここにいるって事は・・・」

何やらライサーが考え込み始めた。ヒロキがここにいる事の関係は何だろう?

「社長、折角ヒロキも来てますし、完成した“アレ”を見せてはどうでしょう?」

「“アレ”?」

ライサーの言った“アレ”とは何の事なのか、あたしにはさっぱり分からない。するとさっきまで外の方を見ていた社長がこちらの方に振り向いてこう言った。

「ふむ、そうだな。“アレ”はヒロキ君にとって必要になる物だ、それに記憶を取り戻すきっかけにもなるかもしれん」

「それってどういう事?」

「まぁ、行けば分かるさ」

「?」

あたしは思わず首を傾げた。二人してあたしとヒロキに何を隠しているんだろう?そしてあたし達はライサーに言われるがまま、ライサーと社長の後について行く事にした。

 

ライサーと社長に連れられてやってきたのは、格納庫の奥にある巨大な機械の扉の前だった。

「それじゃ今から二人にある物を見せるとしよう」

そう言って社長は扉の横にある横3つずつ3列に並んだ9つの小さなボタンを、まるでパスワードの様に特定の箇所のボタンを押し、下の“ENTER”と書かれたボタンを押した。すると、目の前の巨大な扉がゆっくりと横に開いていく。

「あ、あれはまさか!?」

あたしは扉の先にあったものに驚愕した。

「ブレイジングウルフ!?」

ライサーと社長が“アレ”と言っていた物はブレイジングウルフの事だったのだ。

「だけど、色も違うし、形も違う・・・」

ただそのブレイジングウルフは、見覚えのあるブレイジングウルフSAでは無く、見覚えが無い形になっていた。

「そりゃそうだろ、これはブレイジングウルフSAに代わる新型ブレイジングウルフだからな」

「新型ブレイジングウルフ・・・、そんな事前に聞いたような・・・」

確かDr.ホワイトが、新型ブレイジングウルフの設計図を書いていた事しかあたしは聞いていないので、それ以降の事は全く知らなかった。

「過度とも言えるSAの重武装を見直し、新型ブレイジングウルフは、火器を極力最低限に抑え、接近戦及び機動力を強化させたのだ」

「確かにそうだね」

機体を見る限り、SAの様なゴテゴテした感じでは無く、すっきりとした感じに仕上がっていた。

「もしかして聞くまでも無いと思うけど、この新型ブレイジングウルフはヒロキのゾイドなんだよね?」

「全くをもってその通りだ」

社長はこう言った。やはりこの新型ブレイジングウルフはヒロキの専用機であった。

「機体は完成してるから、後はヒロキ次第だ」

ライサーの言う通り、例え機体が完成してたとしても、乗り手の状況次第で動かせなかったりするものだからね。

「やったじゃないヒロキ、あれがヒロキの新しい機体なんだよ!」

あたしはヒロキの方を向いて嬉しそうに言ったが、ヒロキは新型ブレイジングウルフを見上げたままじっとしたままだった。

「ヒロキ・・・、あたしの話、聞いてる?」

「・・・・・・」

ヒロキはあたしの呼び掛けに答える様子も無く、新型ブレイジングウルフを見上げてるままだった。

「ところでイズキ、アルトを見かけなかったか?」

「いや、アルトがどうかしたの?」

ライサーがあたしにアルトを見かけなかったと聞いてきたが、正直何処にいるのかは、見ていないので分からない。

「アルトにしては珍しく無断で仕事を休んだからな」

「そういえば確かに」

今日はアルトも仕事で来るって聞いたけど、その姿はどこにも見当たらなかった。あたしもアルトが無断で仕事を休む様な人では無い事は知っていた。

「何かあったのかな?」

「さぁ、分からん。しかもさっきから連絡も取れんしな」

「何か悪い事が起こって無ければいいけど・・・」

引っ込み思案なアルトだから、悪い奴にでも絡まれてるのではないかとあたしは心配していた。その時、一人のZi-worksCorporationのパイロットがあたし達の前に駆けつけて来た。

「た、大変です!演習場に突然ゾイドが乱入して、そこでテストバトルをしていたこちらのゾイド達にいきなり攻撃を仕掛けて来たのです!」

「何だとっ!?その乱入したゾイドとやらは!?」

社長は演習場に突如乱入したゾイドの事を、目の前にいる駆けつけて来たパイロットに聞き出す。それにしても、何で演習場になんか乱入して何になるんだろうか?

あ、因みに演習場は、あたし達がいるZi-worksCorporationからそれ程離れていない場所にある。街の人達に危害を被らない様、演習場の周辺には人を住ませない処置をしている。演習場自体も、厚く、とてつもなく固い壁で囲っている。あたし達も何度もその場所に足を踏み入れている。

「言い辛いのですが、実はその乱入したゾイドは、アルトさんのゾイドなんです」

「「「何だって!?」」」

深刻な表情を浮かべていたパイロットが口にした言葉は、何と演習場に乱入したゾイドの正体がアルトのグラブゾンザウラーだったと言うのだ。

「見間違いとかじゃ無いんだろうな?」

ライサーは本当にアルトのグラブゾンザウラーなのかをパイロットに確認させる。

「ええ、確かにアルトさんのゾイドでした」

「そのゾイドにアルトが乗っていたりした?」

「流石にそこまでは・・・」

乱入したゾイドはグラブゾンザウラーと判明したが、グラブゾンザウラーに乗り込んでる人物までは特定出来ていないらしい。こうなったらする事は一つしかない。

「じゃああたしが演習場に行ってこの目で見てくる!」

聞いて分からないなら直接見に行った方が早い、あたしはそう思った。するとライサーが。

「待てイズキ、俺も一緒に行く」

「うん、分かったよ。それじゃヒロキを頼んだよ父さん!」

あたしは社長、つまり父さんにそう言って、あたしとライサーは、自分のゾイドが置いてある所へと向かって行った。

 

「あの、父さんというのは・・・?」

「お前が気にする事では無い、さあお前も行くのだ」

「はい」

パイロットはその場から去って行った。この場に残っているのは、新型ブレイジングウルフを見たままじっとしているヒロキと、ゴルザだけであった。

「しかし、ヒロキ君は一体どうしたのだろうか・・・」

新型ブレイジングウルフを見つめたままじっと動かないヒロキを不思議に思うゴルザであった。

 

* * *

 

グラブゾンザウラーらしきゾイドが乱入した演習場へと来たあたし達が見たのは、大破されたZi-worksCorporation製のゾイドの数々だった。

「イズキさん、ライサーさん、丁度良かった。私達では乱入してきたアルトさんのゾイドを止める事が出来ませんでした」

生き残っている数機のファイズフォックスとヴァルツフォックスがあたし達の元にやってきた。ただ全ての機体が傷だらけだった。

「後の事は俺達に任せてくれ。お前達はZi-worksCorporationへ戻ってくれ」

「ですが・・・」

心配そうに言うパイロット達。

「その傷だらけの機体で何が出来るって言うんだ?俺達の事なら心配無いさ」

「そうですね・・・、確かに今の私達ではライサーさん達の足手まといにもなるかもしれません。ですが気を付けて下さい、アルトさんのゾイド、いつもと様子が違うのです」

「分かった、お前達は早く戻るんだ」

「了解しました」

こうしてライサーの指示の下、傷だらけのフォックス達は演習場を後にし、Zi-worksCorporationへと戻って行った。

「いつもと様子が違うってどういう事?」

「今の時点では分からん、ただ今のグラブゾンザウラーはまともな状態では無い事だけだ」

「うん・・・」

その時だった、突然目の前からレーザーが飛んできた。あたし達は咄嗟にかわした。

「あれは・・・」

「グラブゾンザウラー、間違い無い!」

あたし達の目の前に現れたのは、紛れも無くグラブゾンザウラーそのものだった。じゃあ中に乗ってるのは・・・

「も、もしかしてアルト・・・じゃないよね?」

「私の名前を気安く呼ばないでくれるかしら?」

「え・・・?」

確かにアルトの声だった、だけどいつもと様子が違う。一体どういう事なの?

「どういう事だアルト、何があったんだ?」

ライサーも多分あたしと同じ気持ちなんだろうと思う。するとアルトはとんでもない事を言い出した。

「どうしてあなた達が私を名前を知ってるのかは分からないけど、私はあなた達の事は知りませんわ!」

「嘘でしょ・・・」

アルトはあたし達の事を覚えていないと言い出した。ヒロキの場合は記憶喪失だったけど、アルトの場合はそんなんじゃない、それが何なのかはあたしにも分らない。

「嘘じゃないわ、私はネオゼネバス帝国のスパイとしてZi-worksCorporationに送られてきたの。でも本当の目的は、Zi-worksCorporationを破壊する事なのよ!」

「何言ってやがんだアルトの奴、間違い無く正気じゃないな」

「そんな・・・」

今のアルトの言葉にあたしはショックを受けた。あんな優しかったアルトは実はスパイだなんて・・・、それにZi-worksCorporationを破壊しようとしてるなんて・・・

「イズキ、しっかりしろ!今のアルトは正気じゃない、きっとアルトの身に何かあったに違いない!」

確かにライサーの言う通り、アルトがこんな事言う筈が無い。きっとアルトに何かあったんだよ。

「そ、そうだよね、アルトがあんな事言う訳無いよね」

あたしは自分の意思を取り戻して、アルトにこう言う。

「あたしの知ってるアルトはそんなんじゃない、優しい性格をしていた」

「うるさいっ!優しさがあるからって何になるの!?優しさは自分の甘さにしか過ぎないのよ」

「そんな事ないっ!優しさが自分の甘さなんかじゃない!」

優しい事が自分の甘さだなんてそんな訳無い、優しさがあってこそ強いものだってあるんだから。

「私にとって信じられるのは、自分の力だけなのよ。他人の情けなんか気にするなんて愚かとしか言えないわ」

「そんなの間違ってる・・・、絶対に間違ってるよ!」

「あなたに私の何が分かるって言うの!?」

アルトは憎しみをこめた怒りの表情であたしに問い掛けてくる。あたしは少し黙りこんだ後、

「・・・アルトの言う通り、あたしはアルトの事を全て知ってる訳じゃ無い。だけどね、気持ちならあたしにだって分かり合えるよ」

あたしはにこやかな表情でアルトに答えた。アルトは戸惑いの表情を浮かべていた。

「どうして私に向かってそんな顔をするの・・・、私はあなたの事は知らない、それにあなたを見てると嫌な気分になってくる。だから消えて・・・」

するとアルトは、あたしのバルトサイクスに向かって、グラブゾンザウラーの背中の2門のレーザーキャノンを発射した。

「危ねぇ、イズキ!」

「来ないで!」

あたしの言葉にたじろぐライサー。あたしは素早く攻撃をかわした。

「これはあたしとアルトの戦いなの、だからライサーは手出ししないで!」

「分かったよ、そう言うのなら俺は手出ししたりはしないさ」

そう言って、ライサーのライジングブリットは数歩後退した。

「お前の力でアルトの目を覚まさしてやるんだ」

「言われなくても分かってるよ」

何としてもあたしがアルトの目を覚ましてあげて、元のアルトに戻ってくれるしか無い。こうしてあたしとアルトの望んではいない辛い戦いが始まった。

 

グラブゾンザウラーは早速背中のパルスレーザーを数発放ってきたが、素早くかわし、グラブゾンザウラーへ近付き、体当たりを仕掛けた。

「くっ!」

グラブゾンザウラーはバルトサイクスの体当たりを受けても倒れる事は無く、後ろに滑る様に移動しただけだった。でもあたしにとってこれで良かった。

「今度は逃がさないわっ!」

グラブゾンザウラーは再びパルスレーザーであたしのバルトサイクスを狙う。

「あたしのバルトサイクスの機動力をなめないでよね」

あたしはバルトサイクスの高い機動力を活かして攻撃をかわし、先程と同じ様にグラブゾンザウラーとの間合いを詰め、体当たりをする。グラブゾンザウラーはバルトサイクスの機動力について行けず、体当たりを避け切れて無かった。そしてさっきと同じ様に、体当たりした方へと滑る様に移動する。

さらにあたしはブースターを使って、もう一度グラブゾンザウラーに体当たりをする。今度は吹っ飛ぶ様にして勢い良く移動した。

「あなたさっきから体当たりばかりして、勝負する気あるの!?」

アルトはあたしの攻撃方法に苛立ちを見せていた。

「勝負する気は無い訳じゃ無い、だけどあたしは武器は一切使わない、体当たりしかしないよ」

そう、あたしはアルトに武器を使って戦う気は一切無い、だって必要以上に傷付け合う事をあたしは望んではいない。だからひたすら体当たりを繰り返して、その衝撃でシステムフリーズさせる事が狙いだった。だけどグラブゾンザウラーは意外と頑丈で、そう簡単にフリーズしそうには無かった。

「私をバカにしてるつもりなの!?」

アルトの言葉と同時に、グラブゾンザウラーのレーザーキャノン以外の火器を連射する。

「違う!アルトとは傷付け合ってまで戦う必要がないからさ」

あたしは何とか砲撃の雨を掻い潜り、一旦間合いを取る。

「・・・甘いわね、そんなんで私に勝てるとでも思ってるの?」

アルトの言ってる事は間違ってる訳じゃ無い、でもこの戦いは勝ち負けが目的じゃない、アルトを正気に戻す事が目的である。

「あたしは勝ち負けが全てじゃないと思うな、戦う事には必ず何かしろの目的があるんだ」

「そんな事言ったって、所詮勝ち負けが全てなのよ!」

「それは違うね、あたしはアルトが元の優しい性格に戻って欲しいという目的があるから、今こうして戦っているんだ」

「うるさいっ!私はもう過去の私じゃないって何度言ったら分かるの!?いい加減私の事馴れ馴れしく接しないで!」

グラブゾンザウラーはレーザーキャノンをあたしの方に向け撃ち出した。あたしはかわそうとしたが、左足部分を少しかすった。

「私はおじい様の命令に忠実に従うだけ、だからあなたなんかに邪魔されたくないのよっ!」

アルトの怒りの叫び声が響き渡り、またレーザーキャノンを撃ち出した。

「あたしだって、アルトを元に戻す為にやられる訳にはいかないんだーっ!」

あたしはレーザーキャノンを横にステップしてかわし、バルトサイクスのブースターを噴射させ、その勢いでグラブゾンザウラーへと突撃する。

「そうはさせないわ!」

グラブゾンザウラーはレーザーキャノン以外の火器を連射させる。だけどあたしは砲弾の雨にも速度を落とす事無く、そのままの勢いで突撃を続ける。途中何度も銃弾が当たった様な気がするが、いちいち気にしてはいなかった。

「いっけぇぇぇっ!!」

「それじゃこれなら・・・」

グラブゾンザウラーはレーザーキャノンを撃ち出したが、あたしは構わずグラブゾンザウラーへと突っ込もうとしてレーザーキャノンに当たったが、流石のバルトサイクスも、この一撃には耐えきれず吹っ飛んでしまった。

「うああっ!!」

バルトサイクスは吹っ飛んた後、地面へと倒れた。

「・・・あなたが私の事どう思っているのかは知らないけど、私にとってそういう馴れ合いはもううんざりなの!」

「アルト・・・」

そう叫んだアルトの顔は、嫌そうというよりも、むしろ悲しげな表情をしていた。つまり本心で言ってる訳じゃない、誰かが裏でアルトに言わせてる気がした。

「私はおじい様の部下として、おじい様の計画を邪魔するあなたを私の手によって消えて貰うわ・・・」

グラブゾンザウラーは、レーザーキャノンの砲塔をバルトサイクスの方に向け、銃口から光が集まり出していた。あたしは何故か機体を動かす事が出来なかった。

 

* * *

 

イズキとアルトが戦っている中、Zi-worksCorporationの格納庫にいるヒロキはというと、未だ新型ブレイジングウルフを見上げたままだった。しかし、ヒロキの心の中ではこんなやり取りが行われていた。

 

「君はだれなの・・・?」

 

“僕は君自身さ、だけど今の君には分からないだろう”

 

「君は僕自身ってどういう事?」

僕の目に映るのは、さっきまで見ていた狼型のゾイドでは無くて、僕と同じ姿をした男の子だった。ただ髪の色が金色で、澄んだ青色の眼をしていた。

 

“簡単に言えば、君の分身みたいなものかな。それにここは君の心の中の世界なのさ”

 

「心の中の世界・・・」

確かに周りに見渡しても何一つ無い真っ黒な空間が広がるだけだった。

 

“そして君は今、長い眠りから覚めなければならない”

 

「何言ってるの?僕はこの通りバッチリ目は覚めてるよ」

 

“そういう事じゃ無い、僕が言う長い眠りとは、君がクリムゾンフューラーに負けてから時が止まってしまった君と僕の記憶の事を言っているんだ”

 

「僕の記憶・・・、それって度々イズキちゃん達が言っていた事?」

そういやイズキちゃん達が度々僕の記憶がどうとかを言っていた気がする。

 

“そういう事だね、イズキ達は君の記憶が戻って欲しい事を願っていた”

 

「とりあえず、僕の本当の記憶を取り戻さなきゃいけない事は分かった、だけどそうするにはどうすれば・・・?」

 

“目を閉じるんだ、そうすれば君の中に今までの出来事が出てくると思う、そうしたら君の記憶は戻っている筈”

 

「分かった、やってみるよ」

目の前の男の子の言う通り、僕は目を閉じた。すると、瞬く間に色んな景色が次々と浮かび上がってきた。その景色はどれも見覚えのあるものばかりだった。そして次に色んな人達の姿が思い浮かばった。中には社長さんにDr.クロノス、アルトちゃんにライサー、そしてイズキの姿もあった。

 

“どうやら上手くいった様だね、一つ聞いておきたい事がある。君の本当の名前は?”

 

「僕の名前はヒロキ、ヒロキ・バラート。Zi-worksCorporationでエースパイロットをしている一人の少年だよ」

 

“その様子だと記憶は戻ったみたいだね、でもまだ君の記憶は完全に取り戻した訳じゃない、いつか全てを・・・”

 

最後の言葉を言い掛けた途中で目の前の男の子は消えてしまい、景色も先程のZi-worksCorporationの格納庫へと戻っていた。

「ヒロキ君大丈夫か?いきなりハッとした表情見せて」

「社長さん、僕ようやく思い出しました。僕はZi-worksCorporationのエースパイロット、ヒロキ・バラートなんです」

「ひ、ヒロキ君、もしかして記憶が元に戻ったのか?」

僕の記憶が戻ったことに驚きを見せる社長さん。

「社長さん、この機体使ってもよろしくでしょうか?」

「あぁ、これ機体は元々君の為にと造ったものだからな」

「ありがとうございます、社長さん」

社長さんの言葉を下に、僕は新型ブレイジングウルフに乗り込んだ。

「新型とは言え、ブレイジングウルフはやっぱりブレイジングウルフだね」

コックピットの内部もブレイジングウルフSAと似た様な構造で、何だか懐かしい気分になった。

 

“・・・しい・・・けて・・・”

 

「ん?今誰かの声が聞こえた気が・・・」

すると突然頭の中に声が聞こえてきたが、はっきりとは聞こえなかった。僕は目を閉じて意識を集中させる。

 

“苦しいよ・・・、助けて・・・“

 

(この声は、アルトちゃんの声だ。でも助けてって一体・・・)

今度ははっきりと聞こえた、アルトちゃんの声だった。だけど今の言葉から、アルトちゃんに何かあったのかもしれない、僕はそう思った。

「社長さん、アルトちゃんは今何処にいるのですか?」

「多分アルト君は、演習場の方にいると思われる。それに今その場所にはイズキとライサー君もいる筈だ」

「分かりました、演習場ですね」

Zi-worksCorporationの演習場、そこにイズキやライサー、それにアルトちゃんもいると思う。だけど何だろう、何か嫌な予感がする。

「嫌な予感がする・・・、演習場まで急ごう!」

そう言って僕は操縦艇に手を掛ける。格納庫の出口は既に開いていた。

「よし、行こう!ブレイジングウルフ・・・グランディア!」

操縦艇を前に思いっ切り倒し、僕の新しい愛機、ブレイジングウルフGD(グランディア)は、勢い良く格納庫から演習場へ向かって駆けて行った。

 

* * *

 

「何やってんだイズキ、早く動け!」

ライサーの必死の叫び声が聞こえるのは分かってるし、早く動かなきゃと思っていた。だけど、通信モニター越しから見えるアルトの悲しげな表情を見てると、自分の手すら動かす事が出来なかった。

「さっきから動いてないけど、怖気づいたのかしら?」

「ち、違う・・・!」

決して今のアルトの攻撃に怖気づいてる訳じゃない、だけどどうしてか動かす事が出来ない。

「・・・終わりね、あなた。今すぐ消え去るがいいわっ!」

アルトがそう言うと、グラブゾンザウラーはレーザーキャノンを放ってきた。溜めていた分、さっきよりも光の束が一回り大きく見えた。

 

「イズキ!!」

ライサーはバルトサイクスのもとへ行こうとしたその時、ライサーのライジングブリットの隣を颯爽と駆け抜け、バルトサイクスへと近づいて行く機体があった。

「あれはっ!」

ライサーが見たのは、白く、肩に黄色のアーマーが付いた狼型ゾイド、その正体は格納庫で見た新型ブレイジングウルフ、ブレイジングウルフGDの姿だった。

「どうやらヒロキの奴、記憶を取り戻した様だな」

ライサーはその場に留まり、ヒロキにイズキとアルトの運命を委ねる事にした。

 

「アルト、どうして・・・」

刻々と迫る光の束、結局あたしはアルトの目を覚まさせる事が出来なかったって事・・・。もうあたしはどうする事も出来なかった。

「っ・・・!」

あたしは思わず目をつむった。あたしは終わったんだな・・・、そう思っていた。だけどあたしの身には何も起こらなかった。あたしは目を開いてみると、目の前にあたしを庇う様に一体のゾイドが立っていた。そのゾイドは今日格納庫で見た新型ブレイジングウルフそのものだった。

「その機体・・・、もしかしてヒロキなの!?」

「そうだよ、それよりも大丈夫、イズキ?」

やっぱりそうだった、新型ブレイジングウルフに乗っていたのは、紛れも無くヒロキだった。しかも口調も元のヒロキに戻ってるって事は・・・

「ひょっとして記憶が戻ったの?」

「うん、何とかね。そんな事よりもあのグラブゾンザウラーを止めなきゃ、イズキ動ける?」

「とりあえずはまだ動けるよ」

そう言ってあたしはバルトサイクスを起こす。

「だけどグラブゾンザウラーには・・・」

「分かってる、グラブゾンザウラーにはアルトちゃんが乗っている。だけど今のアルトちゃんは誰かによって操られてる」

「確かにそうだけど・・・って、何でヒロキが知ってるの?」

どうしてヒロキがこの事を知っているのだろう、誰かにこの事を聞いた様子も無さそうだし・・・

「何て言ったら良いか分からないけど、記憶が戻って直ぐに頭の中でアルトちゃんの声が聞こえたんだ、苦しそうな声で“助けて”って言ってたんだ」

「だからヒロキはここに来たって事?」

「そういう事になるのかな」

頭を掻きながら照れ笑いするヒロキ、やっぱりその姿はいつものヒロキだ。

「さっきから何二人で喋ってんのよ!それにそこの白いゾイド、何で私の撃ったレーザーキャノンを受けて平気そうに立ってるの!?」

そういえばヒロキのブレイジングウルフは、あたしを庇ってグラブゾンザウラーのレーザーキャノンを受けた筈なのに、傷一つ付いていなかった。

「それは後で分かると思うよ」

余裕そうな表情のヒロキ、きっとその表情には何か裏があると思う。

「あなたも後ろの女の子と同じで気に入らないわ、私がまとめて消してあげるわ!」

「そうはさせないよ」

するとヒロキがあたしに提案をしてきた。

「今から僕がグラブゾンザウラーに向かって走るから、イズキはその後ろについて来て」

ヒロキが言うには、ヒロキのブレイジングウルフの後ろにあたしのバルトサイクスが走れって事の様だけど、一体どういうつもりなんだろうか?

「良く分かんないけど、分かったよ」

「じゃあ行くよ」

ブレイジングウルフがグラブゾンザウラーに向かって走り出した。あたしもすぐにその後を追い掛ける。

「それってもしかしてあなたが盾になって後ろのを守るつもりなのかしら?そうはいかないわ、レーザーキャノンでまとめて吹き飛ばしてやるわ!」

グラブゾンザウラーは迷う事無くあたし達にレーザーキャノンを放ってきた。だけどヒロキはそれをかわそうとはしない。

「避けなくて大丈夫なの!?」

「まぁ見ててよ」

そう言うと、ブレイジングウルフの肩アーマーの黄色の部分が光り出した。間もなくしてレーザーキャノンがブレイジングウルフに直撃した様に見えた、だが受けたレーザーキャノンは光っている黄色の部分に吸収された。そうか、それであたしを庇った時も無傷でいられたんだ。

「まさか、レーザーキャノンを吸収したっていうの・・・」

「そういう事、基本的にブレイジングウルフGDに光学兵器は通用しないのさ」

「いいえ、そんな筈無いわ!もう一度食らわせてあげるわ!」

再度レーザーキャノンを撃ち出すグラブゾンザウラー、ブレイジングウルフは先程と同じ様にレーザーキャノンを受け、吸収していく。

「今だイズキ、僕を飛び越えてグラブゾンザウラーに飛び掛かるんだ」

「え!?」

すると突然ヒロキが、ブレイジングウルフを飛び越えてグラブゾンザウラーに飛び掛かれと言い出した。この時はまだ状況を把握し切れて無かった。

「あ、うん」

あたしは言われた通りにブレイジングウルフを飛び越えて、ブースターを使って一気にグラブゾンザウラーに近付く。

「しまった!」

グラブゾンザウラーは、レーザーキャノンを撃った反動で動けない様だ。あ、分かった、ヒロキがこれを狙ってたんだ。ブレイジングウルフを標的にしてグラブゾンザウラーがレーザーキャノンを撃ち出す事で、撃ち出した後の反動で動けない間を狙って、あたしのバルトサイクスがグラブゾンザウラーに飛び込んで、バルトサイクスが上からグラブゾンザウラーを抑え込むって事か。

「いっけぇぇぇっ!!」

そのままの勢いでグラブゾンザウラーに飛び掛かる、グラブゾンザウラーは飛び掛かった勢いで倒れて、馬乗り状態になった。

「これで何とか・・・あれ?」

馬乗りにされる事で暴れ出すかと思ったが、意外にも抵抗してくる気配が無い。

「う〜ん・・・、ここは・・・」

「アルトっ!」

「あ、イズキちゃん。だけど私は何でグラブゾンザウラーに乗っているのかしら?」

さっきまでの荒々しい口調とはうって変わっていつもの口調に戻っていた。

「やった、アルトが正気に戻ったー!」

ようやくアルトが正気に戻ってくれた事に、あたしは喜んだ。当のアルトは良く分かってない様子だった。

「あの、ゾイドに降りて話した方が・・・」

「そうした方がいいね」

あたしはグラブゾンザウラーから離れ、ゾイドから降りた。アルトも機体を起こして、機体から降りて来た。

「どうしたんだよアルト、昨日何かあったのか?」

「はい・・・、でも昨日の夜からさっきまで何をしていたか覚えてないんです」

「そうだったんだ・・・(覚えてないって事は、やっぱりヒロキやライサーが言う様に誰かに操られてたんだ)」

今のアルトの一言で、アルトが誰かに操られてた事を確信した。するとアルトは突然泣き出した。

「ごめんなさい・・・、私、イズキちゃん達を騙してたの・・・」

「騙してたって、一体どういう事!?」

あたしはまさかと思ったが、操られてる時に言った事なんじゃ・・・

「実は私・・・、ホワイトおじい様からZi-worksCorporationのスパイとして送り込まれたの・・・」

やっぱり操られた時に言っていた事は本当の事だった。アルトの話はまだ続いていた。

「最初は誰とも関わりを持たない様にしていたの・・・、だけどイズキちゃん達は私を温かく迎え入れてくれた・・・。あの時私は嬉しかった、でも同時に本当の事を隠し通す事に罪悪感を抱くようになっていたの・・・。それに、イズキちゃん達を傷つけたく無い思いと、おじい様の命令に逆らえない事で悩んでいて、自分でもどうすれば良いのか分からなくなっていた・・・、そんな時におじい様が使いを呼んで私を操ろうとしたの・・・」

「・・・裏切っちゃいなよ、そんなの」

「え?」

今の一言でアルトは泣き止んで、驚いた表情をする。

「だから、ホワイトってじいさんの事裏切っちゃえばいいじゃん」

もうアルトにこれ以上苦しんでもらいたくない、だからあたしはアルトにこう言った。

「でも・・・、私はイズキちゃん達に酷い事をしようとしてた、それにおじい様を裏切る様な事は・・・」

「じゃあアルトはホワイトってじいさんに縛られて生きていくつもりなの?あたしはそういうの大嫌いだね」

「それは・・・、だけどイズキちゃん達とも一緒にいたい・・・」

さっきから曖昧な答えしか出さないアルトに、苛立ちを覚えていた。あたし、ウジウジした性格って嫌いなんだよな。

「あー、もう、ハッキリしないなぁ!せめてどっちか答えを決めてくれ!ホワイトってじいさんの下で生きていくのか、あたし達と一緒に生きて行くのかを」

「私は・・・」

アルトは何も言わず考え込んだ後、顔をあたしの方へと向けた。

「私決めたわ、イズキちゃん達について行く事にする!」

アルトの出した答えは、あたし達と共について行く事だった。あたしはその言葉を聞いて安心した。

「よく言ったじゃんアルト、本当にホワイトってじいさんを裏切るんだね?」

「ええ、イズキちゃんの言う通りもう私はおじい様の操り人形なんかじゃない、一人の人間ですもの。それに・・・」

「それに?」

「私はイズキちゃん達の仲間だもの」

アルトは笑顔でこう答えた。そうだよ、操り人形として見られるよりも、一人の人間として見て貰った方が嬉しいものだよね。

「イズキちゃん・・・」

「うわっ、ちょ、アルト!?」

突然私に抱きついてくるアルト、あたしは突然の事で驚いた。

「本当にありがとう・・・、イズキちゃんのお陰で私は変わる事が出来た・・・」

「アルト・・・」

アルトはまた泣き出していた、でもさっきと違うのは、悲しい事じゃ無く嬉しい事で泣いてる事だった。

「そうだね、あたし達もう仲間だもんね」

アルトは自分の意思であたし達の仲間になった。その事はあたしも嬉しい、でもアルトを今まで苦しめていたホワイトってじいさんはあたしは許さない、会えるならぶっ飛ばしてやりたい位だ。

 

「何か邪魔したら悪そうだね」

「そうだな、今は二人だけにしておこう」

ヒロキとライサーは、気を遣って少し離れた所でイズキ達を見ていた。

 

* * *

 

私はその後、家へ戻っておじい様と通信をする。今の私の思いをおじい様に伝える為に。

「おぉ何じゃ、お前から連絡するとは珍しいのぉ」

「おじい様、あなたに伝えておきたい事があります」

「何じゃ、さてはわしの望みを叶えてくれたとでも言うのか?」

どうやらおじい様は私が操られてる時の事を言ってるらしいけど、私自身何て言ったかなんて分からない。それに私はそんな事を言いに来た訳じゃない。

「いいえ、私はおじい様と縁を切る事にしました」

「何じゃと?」

「私はもう、あなたの操り人形として生きていくつもりはありません。私は私なりの生き方をします」

「どうやらわしの使いがやった洗脳が解けている様じゃな」

おじい様は特別驚く様子は無かった、やっぱりイズキちゃんの言う通り、おじい様は私を人間として見てはいないみたい。

「私はZi-worksCorporationの一員として、おじい様の事を敵視します!もう二度とおじい様に連絡する事は無いでしょう、本当にさようならおじい様、いえDr.ホワイト」

私はDr.ホワイトに私の思いを全て話して通信を切った。これでもう私はネオゼネバス帝国とは関わりが無くなった。

「これで良かったのよね、私は私なりの生き方が出来るのなら・・・」

これでもう、Dr.ホワイトに怯える日々は去り、晴れて私は自由の身となった。だけどDr.ホワイトがこのまま大人しくしてるとは思えない、私はそんな予感がした。

 

* * *

 

一方、Dr.ホワイトの研究所では・・・

「ふん、あいつめ・・・」

「ホワイト様、その様子だとアルト様に裏切られた様ですね」

「構わんよ、一人いなくなった位で私の計画が変わる事はなかろう、それに敵対するとなら、例え孫であろうとも容赦はせんがな」

「フフ、あなたも鬼ですね」

Dr.ホワイトは不敵な笑みを浮かべていた。

 

 

#21、完 #22へ続く